2016年11月 1日 (火)

禅と中世日本文化シリーズ研修「第四回 禅と武士道」を開講

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117() 、日本文化体験交流塾において、

 

禅と中世日本文化シリーズ研修「第四回 禅と武士道」を開講します。

 

 

 

◆禅と中世日本文化研修 「第四回 禅と武士道」

 

http://www.ijcee.jp/culture/mizuno-zen/1107/

 

 

 

日時 117() 10001200

 

場所 日本文化体験交流塾研修室(小石川本部)

 

講師 水野聡(能文社代表)

 

受講料:IJCEE会員 2,800円、一般 3,500 

 

定員 65 

 

 

 

・カリキュラム予定

 

●武士道の倫理・道徳 

 

●武士道のタイプ 

 

●儒教と禅と武士道

 

●武士道書『五輪書』『葉隠』とは

 

 

 

 

 

「剣禅一如」。鎌倉時代、わが国に伝わった禅は、同時期に興隆した武士集団に

 

ことのほか歓迎され、広く受け入れられました。

 

以降、徳川幕府終焉まで武士が支配する日本社会では、悟りと直覚を大本とする

 

禅が精神修養の基礎として、重んじられてきたのです。

 

禅は武士層のみならず、やがて広く一般大衆に受け入れられ、

 

宗教にとどまらず、学芸や文物の諸相で様々な文化を開花させていくこととなります。

 

 

 

当講座では、武士道書の代表作品として『葉隠』を取り上げ、

 

名言と名段落をご案内する予定です。

 

そこに書かれているのは、ただ武道の極意だけではなく、人が人として矜持をもち

 

生涯をまっとうしていく叡智と実践に満ち溢れたもの。

 

 

 

以下に以前【言の葉庵】でご案内した「葉隠 名段落集」より

 

いくつか抜粋して、戦国武将たちの輝きに満ちた、深い智慧に触れてみたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

■葉隠 名段落集

 

(聞書第一より)

 

 

 

・武士道とは死ぬことと見つけたり

 

 

 

 二 武士道とは、死ぬことと見つけたり。生死分かれ目の場に臨んで、さっさと死ぬ方につくばかりのこと。特に仔細などない。胸すわって進むのだ。うまく行かねば犬死、などとは上方風の打ち上がった武道のこと。生か死かの場面で、うまく行くかどうかなどわかるわけもない。人皆生きる方が好きである。されば、好きな方に理屈をつける。もしうまくいかずに生き残ってしまえば腰抜けだ。この境目が危うい。うまく行かずに死んでしまえば犬死で気違いである。しかれども、恥にはならぬ。これを武道の大丈夫という。毎朝毎夕くり返し何度も死んでみて、常時死に身となって居れば、武道に自由を得、一生落度なく家職も仕果たせるものである。

 

 

 

 

 

・一人の知恵は一本の木が突っ立ったようなもの

 

 

 

 五 わが一分の知恵ばかりで万事進めようとするゆえ、私となり天道に背き悪事となるのだ。他人から見ると、汚く、手弱く、狭く、効果もなく見える。よい智恵を思いつかぬときは智恵のある人に相談すればよい。その人はわがことにはあらぬゆえ、私がなく自然な智恵で考える。されば道に叶うものである。はたから見ると、根強く確かに見えるもの。たとえば大木がしっかりたくさんの根を張っているようなものだ。一人の知恵は一本の木が突っ立っているようなものである。

 

 

 

・招待された席では「よい客だ」と思われるようにしなければ客ではない

 

 

 

 一八 明日のことは前夜より案じ、書いておいたものだ。これも人に先んじて計画しておきたい心得である。いずれかへ約束により出向く時は、前夜より先様の諸事万端、挨拶の会話、礼の仕方まで案じおいた。某所に同道した時、以下のように話した。訪問する時は、まずご亭主のことを良く考えながら行くがよい。和の道であり、礼儀である。また、貴人のもとへ招かれたなら、億劫に思ってゆけば座が持たぬ。さてさて、ありがたいことかな。どんなに面白いことであろう、と思い込んで行くとよい。総じて用がない限り、呼ばれぬ席には顔を出すものではない。招待された場合は、さてもよい客ぶりだ、と思われるようにしなければ客ではない。いずれにせよ、その座の段取りを前もって呑み込んで行くのが大事なこと。酒席は一番大事だ。引け際が肝である。飽きられず、かといって早すぎもしないようにありたいもの。また常のことでもあるが、出された料理を遠慮しすぎるのも、かえってよろしくない。一度二度すすめられ、さらに言われたらいただきなさい。はからずも行きがかり、引き留められた時などの心得もかくのごとし。

 

 

 

・覚の士、不覚の士

 

 

 

 二一 覚の士、不覚の士ということが軍学で取り沙汰されている。覚の士とは、色々な出来事を経験し、対応方法を身に付けただけということではない。前もって予想される方法をいろいろ準備しておき、いざその時に至り、やりおおせた者をいう。つまり、万事前もって決め置くのが、覚の士である。かたや不覚の士は、その時になってたとえ上手くいったとしても、それはたまたまのことである。前もって検討しないものを不覚の士というのだ。

 

 

 

・酒は公式なものである

 

 

 

 二三 酒席は厳格であるべき。気をつけて見ていると、大方はただ飲んでいるだけだ。酒というものは、きれいにしめてこそ酒といえるのだ。気遣いがなければ、いやしく見えるばかりである。飲み方次第で、その人の心入れも器もおおよそわかってしまう。酒は公式なものである。

 

 

 

・その道に深く入れば「これでよし」と思うことができなくなる

 

 

 

 四五 某剣術者が晩年にこう語った、

 

 「剣術家は一生の修行に段階がある。下位は修行しても物にならず、われも下手と思い、人も下手と見る。この段階では役に立たない。中の位はいまだ役には立たないが、わが不足に気がついて、人の不足も見えてくる。上の位は、わが術を体得して自慢でき、人にほめられて喜び、他人の不足を残念に思うのだ。これは役に立つ。上々の位は、知らんふりをしている。人も上手と見る。大方はここまでだ。この上に一段立ち越え、道の絶えた位がある。その道に深く入れば、ついに果てもないことを知るゆえ、これでよし、と思うことができなくなる。われに不足あることを真実悟るので、一生成就の念なく、自慢なく、卑下の心もなくして終わるのだ。柳生殿がいった

 

 『人に勝つ道は知らず、われに勝つ道を知りたり』

 

 も、昨日よりは上手になり、今日よりは上手になりして、一生日々仕上げて行くことである。これも果てがないという意味なのだ」。

 

 

 

・大事な思案は軽くすべし

 

 

 

 四六 直茂公のお壁書に、

 

 「大事な思案は軽くすべし」

 

 とある。一鼎の注には、

 

 「小事の思案は重くすべし」

 

 としている。大事というものは、せいぜい二、三箇条くらいのものであろう。これは普段詮議しているものなので皆よく知っているはず。前もってよくよく思案しておき、いざ大事の時には取り出して素早く軽く一決せよ、との意味と思われる。事前に考えておかなければ、その場に臨んで、軽く分別することも成り難く、図に当たるかどうかおぼつかない。しかれば前もって地盤を据えておくことが

 

 「大事な思案は軽くすべし」

 

 といった箇条の基本だと思われる。

 

 

 

・聖の字をヒジリと読むのは、「非を知る」という意味

 

 

 

 四七 宗龍寺の江南和尚のもとに、美作守殿、一鼎などの学問仲間が集まり学問談義をしかけたところ、

 

 「皆様方は物知りで結構なことである。しかれども道に疎いという点では凡人にも劣るようだ」

 

 といったので

 

 「聖賢が説く道以外に、道というものはなかろう」

 

 と一鼎が反論した。江南和尚は

 

 「物知りが道に疎いというたとえは、東にいくはずの者が、西へ行ってしまうがごとしである。物を知るほど、道から遠ざかってしまう。その仔細は、古の聖賢の言動を書物にて見覚え、話にて聞き覚え、見識が高くなり、もはや自分も聖賢に達したかと凡人を虫のように見下すからである。これが道に疎いということである。そもそも道とはわが非を知ることである。考えに考えて非を知り、一生打ち置かないものを道という。聖の字をヒジリと読むのは、非を知るという意味。仏は知非便捨の四字でもってわが道を成就すると説いている。

 

 心に心をつけてみれば、一日の間に悪心が起きること、数限りない。われはよしと思うことなどできるはずもない」

 

 と諭したので一同はそれより和尚を尊敬したとのこと。しかれども武辺は別物だ。大高慢にて、われこそ日本に並びなき勇士と思い込まねば武勇をあらわすことは成り難い。武勇をあらわす覇気の位は、かくあるものだ。口伝あり。

 

 

 

・奉公人に疵のつくことは、富貴になることである

 

 

 

 五六 奉公人に疵のつくことがひとつある。富貴になることだ。貧乏さえしていれば、疵はつかぬもの。また、なにがしは利口者だが、仕事の非が目に付くたちだ。この位では立ちかねるもの。世間は非だらけと、初めに思い込まねば、おそらく顔つきが悪くなって人が受け入れぬ。人が受け入れねば、いかによい人でも本義ではない。これもひとつの疵と覚えたとの由。

 

 

 

・大雨の感

 

 

 

 七九 大雨の感ということがある。道中にわか雨にあい、濡れたくないと道を急いで走り、軒下などを通ったとしても濡れることに変わりはない。最初から腹をくくって濡れるのであれば、心に苦しみはない。どっちにしても濡れるのだ。これは、よろずにわたる心得である。

 

 

 

・奉公人の打ち留めは、浪人切腹に極まる

 

 

 

 九二 なにがしがいうには、

 

 「浪人などといえば難儀千万この上もないもののように、皆思っている。その期に及ぶとことのほかがっくりとなり、へこたれてしまうものだ。浪人してより後はさほどでもない。前に想像していたのとは違う。今一度浪人したいくらいだ」

 

 とあった。もっとものことである。死の道も、平生死に習っていれば、心安らかに死ねるもの。災難というものはあらかじめ予想していた程ではないものを、その時を思い描いて苦しむのは愚かなことである。奉公人の打ち留めは、浪人切腹に極まると常々覚悟すべきである。

 

 

 

・人の心を見たければ、病気になれ

 

 

 

 九四 「人の心を見たければ、病気になれ」

 

 という。普段親しくし、相手が病気または難儀の時大方にする者は腰抜けだ。誰であれ不幸な人には別けて立ち入り、見舞いや付け届けをすべきだ。恩を受けた人には、一生疎遠にできないものだ。かようの事にて、人の心入れはわかるもの。しかし、わが難儀には人に頼り、その後思い出しもしない人が多いものだ。

 

 

 

・究め役は罪人の言い分を立てて、助かるようにと願って裁くべき

 

 

 

 一一〇 目付け役は、大局的にものを見なければ、国の害となる。目付けを仰せ付け置かれるのは、殿が国をお治めするためだ。殿様おひとりで国のすみずみまで見聞なさるのは無理なこと。殿様のお身持ち、家老の邪正、処分の是非、世間の声、下々の苦楽を克明にお耳に入れ、政道を正せるようにするためである。

 

 目付けとは、上に目を付けるのが本意である。しかるに下々の悪事を見出し聞き出し、いちいち言上するので世の中悪事が絶えず、かえって害を招くといったのだ。下々に直なる者は稀である。下々の悪事は国家の害にはならぬもの。また、究め役は罪人の言い分を立てて、助かるようにと願って裁くべきだ。これもすなわちお家のためになる。

 

 

 

・分別も久しくすれば寝まる

 

 

 

 一二二 古人の言葉に、七息(しちそく)思案というものがある。隆信公は

 

 「分別も久しくすれば寝まる」

 

 と仰った。

 

 直茂公は、

 

 「万事しだるいものは十に七うまくいかぬ。武士は物事手っ取り早くするものぞ」

 

 と仰った。

 

 心気がうろうろしだすと、分別も埒が明かず。淀みなく、さわやかに、凛とした気では、七息の間に分別は済むものだ。胸すわって突っ切れた気の位である。口伝する。

 

 

 

・添削を依頼してくる人の方が、添削する人より上である

 

 

 

 一三八 人を越えたければ、わが振る舞いを人に言わせ、意見を聞くだけでよい。並の人は、自分ひとりの考えで済ますゆえ一段越えるということがない。人に談合した分だけ、一段越えたものとなる。

 

 なにがしが役所の書類について相談にやってきた。自分よりもよく書けるし、勉強もしている人である。添削を依頼してくる人の方が、添削する人より上なのだ。

 

 

 

・成就したと思う心そのものが道には背く

 

 

 

 一三九 修業というものは、これで成就したということがないものだ。成就したと思う心そのものが道には背く。一生の間、不足、不足と思い、思い続けて死ぬことが、後から見れば成就した人といえるのである。純一無雑、打成一片とは、なかなか一生の間には成りがたい。混じり物がある間は道ではないのだ。奉公武辺一片になるよう心がけるべきである。

 

 

 

●『葉隠 現代語全文完訳』能文社 2006

 

http://nobunsha.jp/book/post_35.html

 

 

 

※能文社『葉隠』は117日の講座でもお求めいただけます。

 

 

 

 

 

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2016年7月13日 (水)

言の葉庵メルマガ発刊しました。

理想の人を見つける方法。【言の葉庵】No.88
http://archives.mag2.com/0000281486/

0000281486 ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫ 名言名句マガジン【言の葉庵】
┓┏ ┏┳┓
┣┫OW┃O          手の中に生涯の宝物が眠る 2016/7/13
┛┗━━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

日本語ジャングルは、「理想の人を見つける方法」。古典名著、『葉隠』と『貞観政要』から、人間を知り、育てる極意と達人の叡智を学びます。
この秋催される、第十一回奥川恒治の会の能〈江口〉。名作能を何倍も面白く味わうために事前講座も特別に実施します。講師は、【言の葉庵】水野聡。

…<今週のCONTENTS>…………………………………………………………………

【1】日本語ジャングル            理想の人を見つける方法
【2】能狂言情報          奥川恒治の会 能<江口>と事前講座

編集後記…Mabeshima

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2016年3月29日 (火)

イケメンの武士画像 (明治維新頃)

2361 面白いサイトを見つけたので、シェアしましょう。
幕末ごろの武士たちの画像集。ただし「超イケメン」のみ!
■Y氏は暇人
http://y-ta.net/bakumatsu-handsome-men/
冒頭の土佐の医者はまるで木村拓哉さん。
土方歳三や勝海舟がイケメンなのは有名ですが、
植木枝盛や東郷平八郎なんかは、まるで今の俳優みたいですねえ。
 
出世するためには、男もまず「顔」なんでしょうか?

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2016年3月28日 (月)

本当の『葉隠』

118 『葉隠』の面白さのわからない人とは、腹を割って話ができないかも。
滅私奉公や、軍国主義などというものともっとも縁遠い世界なんです。
『葉隠』を全文読み、理解したうえで否定するのなら仕方ない。
でも、食べず嫌いせず一度読んでみてください。
「400年前にこんなにも面白い本が日本にあったのか」とびっくりするよ!
■葉隠名言集
http://nobunsha.jp/img/hagakure%20meigen.pdf
 

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2016年3月 3日 (木)

「むかつく」宮本武蔵

2 日本語は、時代とともに移り変わってきました。 しかし、同じ語形、同じ意味でずっと変わらず今日に 伝わってきた言葉もあります。 「ムカつく」 現代っ子の常套語のようなこの言葉も実は、かなり昔から 変わらずそのまま伝わってきたのです。 剣聖宮本武蔵の兵法書、『五輪書』火の巻に、剣法の極意として、 「むかつかするといふ事」という段落があります。 敵をむかつかせ、そのすきに勝ちをとるのだ、と武蔵は教えます。 まずは、同段落を現代語訳でご紹介してみましょう。 一 むかつかせる  むかつかせるということはいろいろある。ひとつにはきわどいという感覚。ふたつめは無理、無茶。みっつめは予期せぬこと。よく考えなさい。集団の兵法では敵にむかつかせることが大事だ。敵が予想もしなかった局面で激しくしかけ方針も立たないうちに手段を講じ、先手をとって勝つことが大事だ。また一対一の兵法でも序盤は余裕を見せておき、急転して急襲するのだ。敵の心の動揺、心理状態に応じて息をもつかせず、その機を逃さず勝ちに行くことが肝心だ。よく検討して見なさい。 (『強く生きる極意 五輪書』水野聡訳 PHPエディターズ・グループ2004年) 『五輪書』は地・水・火・風・空の五巻よりなっていますが、第三章の火の巻は、 実践的な戦い方、勝負の勘所を相伝したものです。 一 場の問題 一 三つの先手 一 枕をおさえる 一 渡を越す 一 相を見る 一 剣を踏む 一 崩れを知る 一 敵になる 一 四手を離す 一 陰を動かす 一 影を抑える 一 移す 一 むかつかせる 一 おびやかす 一 まじる 一 角にさわる 一 うろたえさせる 一 三つの声 一 まぎれる 一 ひしぐ 一 山海の替え 一 底を抜く 一 生まれ変わる 一 鼠頭牛首 一 将は卒を把握する 一 柄を離す 一 岩尾の身体 以上、火の巻の見出しを並べてみましたが、これらを見るだけでも 大いに興味をそそられてしまいます。 剣をとっての勝負にとどまらず、現代の人間関係やビジネスなど 様々なシチュエーションで応用できる、達人の普遍的な知恵が 『五輪書』にはちりばめられているのです。 未読の方は一度ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。

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2015年4月 3日 (金)

4/18「浅草流鏑馬」開催

浅草流鏑馬の写真
4/18(土)浅草流鏑馬あります!
武士の血が騒ぎます。

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2014年1月26日 (日)

隆慶一郎と『葉隠』

Dscn0564 ちなみにぼくの『葉隠』との出会いは、作家隆慶一郎氏の人気シリーズ(時代小説)を通じてでした。
司馬遼太郎、池波正太郎等とは一線を画す、斬新な作品構想と展開に引き込まれ、とりわけ作中の人物描写にはノックアウトされたものです。

たとえば、『一夢庵風流記』の前田慶次郎(漫画〔花の慶次〕にリメイクされました)、『かくれさと苦界行』の松永誠一郎などなど…。
もう、ただただ武士として、人間として、「カッコイイ」につきる男たち。
実はこれらのストーリー展開と人物設定は、『葉隠』から大いに影響を受けたといいます。
ちなみに直接『葉隠』の登場人物(実在)をもとに創作した作品『死ぬことと見つけたり』もあります。

『葉隠』にダイレクトに入るのももちろんよいですが、まずは抜群に面白く、かつ読みやすい隆氏の作品からとっかかる、というアプローチもオススメですよ。

(普段ほとんど文学作品評を書かないのですが、今回はなんとなく駄文を連ねて見ました)

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2013年1月21日 (月)

森鴎外 『現代語訳 興津弥五右衛門の遺書』

言の葉庵メルマガ最新号、本日発刊しました。

森鴎外『現代語訳 興津弥五右衛門の遺書』【言の葉庵】No.44
http://archive.mag2.com/0000281486/index.html

…<今週のCONTENTS>……………………………

【1】日本文化のキーワード  第六回「切腹」
【2】はじめて見る能狂言講座 第五回 歴史編


鴎外文学の後期歴史小説分野へのターニングポイントとなった名作を、読みやすい現代口語訳にてご紹介します。
シリーズ、日本文化のキーワード第六回は「切腹」。同作品世界をベースとしながら武士道と切腹を日本古来の文化としてたどってみたいと思います。
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2011年10月12日 (水)

『葉隠』書名の由来の秘密。

言の葉庵、第一弾翻訳作品『葉隠 現代語全文完訳』発刊より、はや五年の歳月が流れました。そもそも武士道を代表する、佐賀鍋島藩『葉隠』の書名は一体何に由来するのか。この問に対し、明解な答はこれまで得られませんでした。一般的には、以下のような諸説が唱えられ、「まあ。そんなところか…」とひとまず落ち着いていたのです。

葉隠という語源は定かでない。緑豊かな佐賀城を護持する鍋島侍を象徴するという説、木の葉がくれの雑談であり、今でいう縁陰閑話をさすという説、また、西行『山家集』の中にある次の歌がその語流ではないかとする説がある。
「葉隠れに散りとどまれる花のみぞ、しのびし人に逢う心地する」(西行)
「葉隠れに散りとどまれる花」に、中世の真の武士道があり「しのびし人」に耐え忍ぶ本当の葉隠精神があるものとしている。

 さてここで、日々進化するnetの情報を見てみましょう。現在、Wikipedia「佐賀城」では、以下のように説明されていますね。

佐賀城(さがじょう)は佐賀県佐賀市にあった日本の城。古名は佐嘉城。別名、沈み城、亀甲城。江戸時代初頭に完成し、外様大名の佐賀藩鍋島氏の居城であった。
佐賀市の中心に位置し、城郭の構造は輪郭梯郭複合式平城である。幅50m以上もある堀は、石垣ではなく土塁で築かれている。平坦な土地にあるため、城内が見えないように土塁にはマツやクスノキが植えられている。“城が樹木の中に沈み込んで見える”ことや、かつては幾重にも外堀を巡らし、攻撃にあった際は主要部以外は水没させ敵の侵攻を防衛する仕組みになっていたことから、「沈み城」とも呼ばれてきた。
慶長7年(1602年)本丸の改修を始めた。直茂の計画に則り、次の藩主鍋島勝茂が慶長16年(1611年)に完成させた。内堀の幅は80mにも及ぶ広壮なもので、5層の天守も建造された。

“城が樹木の中に沈み込んで見える”。これが『葉隠』書名の表向き、直接的な由来であることがわかりました。そして、ここで検討したいのが、なにゆえ樹木の中に自分自身が沈みこみ“見えない”ようにする必要があったのか、ということ。
それにはまず、『葉隠』本文の逸話を紹介しましょう。


佐賀城の普請が完成。
「直茂公をご案内するように」
とあったので、駕籠で出向いた。勝茂公はたっつけ袴の出で立ちで、城の設備を一通り一々講釈を加え、あちらこちらとご案内して回った。その後、直茂公がお伽の衆に、
「信濃殿は、城攻めの防備を、精を出し講釈していたが、腹切りの場を忘れてはいなかったか」
といったとのこと。

『葉隠 現代語全文完訳』聞書三 八 (能文社 2006)
http://nobunsha.jp/book/post_35.html


 歴史ファン周知のことながら、天下分け目の合戦「関ヶ原の陣」に、あろうことか藩主鍋島勝茂は西軍石田三成に応じてしまう。あわてた父、直茂に呼び戻されたものの、この汚点は終生ぬぐい難く、江戸幕府三百年余の治世において佐賀鍋島藩は外様の名のもと、代々冷や飯を食い続けねばなりませんでした。
「信用できぬ輩」―。家康、秀忠の冷たい視線に、遠い肥前の地にあるとはいいながら、防備を最大課題としてその主城を構築したのは無論のこと。また、関ヶ原以前からの仇敵たる、強敵薩摩島津に備える意味もあったものと思われます。

「80mの内堀」―。まさに驚くべき万全の防御体制です。佐賀城は、まるで湖にぽっかりと浮かぶ、水滸伝梁山泊のごとき難攻不落の城構え。なんとしてもこの国を守り抜こうとする勝茂の決意のあらわれ。また、「腹切りの場を忘れてはいなかったか」と静かに観念する直茂の言葉は、どう転んでも勝ち目のない強敵との戦に、最後の一兵まで、もがき抜き、抗戦し続けようとする「葉隠侍」の不屈の魂を見る思いがします。
「隠れる」という行為は決して卑怯というものではなく、命よりも大切なものを、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んで守り抜こうとする、金剛石のごとき意志のあらわれ。
「心頭滅却すれば火も亦た涼し」―。
恵林寺快川和尚の遺偈を彷彿とさせます。
武士道の“葉隠”は、こうして、中世日本文化の中心概念、“侘び”へとつながってくるのではないでしょうか。

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2011年3月 2日 (水)

言の葉庵メルマガNo.29発刊!

3月1日号、ただいま発刊しました。みてね

コンテンツ
【1】名言名句 第三十一回     我事において後悔をせず。宮本武蔵
【2】セミナー情報            カルチャー春講座 詳細決定!
【3】能の名人列伝           第三回 神技に入る、太鼓の芸
編集後記…

http://bit.ly/eLbVrR

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