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2019年1月 9日 (水)

1/11(金)寺子屋「申楽談儀」最終講座

来る1/11(金)、2年ごしの「申楽談儀」講読講座が最終講となる予定です。

世阿弥の能の奥儀に、存分に触れることができたのではないでしょうか。

みなさまとご一緒に、世阿弥伝書中、もっとも難解・難読とされる古典を

一冊完読できたことを心よりうれしく思い、数々の思い出をかみしめています。

 

最終講座は別本聞書「先祖・増阿など悪き所々」です。

世阿弥が観阿弥よりすぐれていたがゆえに、ついぞ父に及ばなかった

芸の要点、秘伝とは?

 

次回より、寺子屋Bクラスでは「能の名曲」がはじまります。

毎回、能の名曲を一曲ずつ解説、鑑賞していく初めての講座。

初回は世阿弥作、名作中の名作<井筒>を予定しています。

伊勢物語の業平の名歌と、名人の名舞台のもあわせてビデオ鑑賞しましょう。

 

“寺子屋素読ノ会”案内ページはこちら

http://nobunsha.jp/img/terakoya%20annai.pdf

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2019年1月 1日 (火)

名言名句 第六十二回 春夜 春宵一刻直千金。

Resize0141 春宵一刻直千金。

~蘇軾(蘇東坡)『春夜』

 

 

今回の名言名句は「春宵一刻値千金」。

宋の代表的詩人、蘇東坡「春夜」よりご紹介しましょう。

 

 

「春夜」 蘇軾

 

【原文】

春宵一刻直千金

花有清香月有陰

歌管楼台声細細

鞦韆院落夜沈沈

 

 

【読み】

しゅんしょういっこく あたいせんきん

花にせいこうあり 月にかげあり

かかんろうだい 声さいさい

しゅうせんいんらく 夜ちんちん

 

 

【訳文】

春の夜は、ひとときが千金にもあたいするのだ。

花は夜香をただよわせ、月はおぼろ、暗夜にかかる。

高殿の歌や楽の音も、今はひそと漏れ聞こゆるばかり。

中庭のブランコはぽつりと取り残され、夜が深々とふけていく。

 

【語解】

直:値と同。値段。

歌管楼台:たかどのでの歌声や管弦の音。

声細細:音がかぼそい様子。「寂寂」としているテキストもある。

鞦韆:ブランコ。女子の遊具とされていた。※注1

院落:中庭。

沈沈:夜が静かにふけていく様子。

 

※注1

「鞦」「韆」はそれぞれ1文字でもブランコの意味を持つ。古くは中国で宮女が使った遊び道具(性具)をさす。遊戯中、裾から宮女の足が見える。これが帝の目に留まって夜伽に呼ばれることから、艶かしいイメージを持たれていた。蘇軾の漢詩「春夜」の鞦韆は、皇帝との夜の営みを隠喩するという説もある。(『角川俳句大歳時記 春』2006)

 

【押韻】

同詩は七文字が四行からなる、七言絶句という形式です。金(キン)・陰(イン)・沈(チン)が韻を踏む(押韻)。句末の音が持続・開放系ではなく、下へ、内へと沈んでいく春夜のイメージを聴覚化したものです。

 

 

春の宵には、墨一色ではないさまざまな色合いとものの気配、複雑な生き物の濃度がまじりあっています。

漢字28文字に過ぎないこの短い詩に、蘇東坡は視覚・聴覚・嗅覚・触覚をことごとく呼び覚まし、あたかも今日ドローンで撮影した4k映像以上の、生の豊かなイメージを創出しました。

生と死が濃厚な匂いを発する春の宵。そこには千金万金にも代えがたい、宇宙の真実がひそんでいます。肉眼では決して見えず、人の耳では決して聞こえてこない、奥深い“幽玄の境”といえましょうか。

そしてまた、「無一物中無尽蔵」で詠んだ悟りの風景にもつながっていく、永遠の春の詩が蘇軾の「春夜」なのです。

 

 

・蘇東坡(蘇軾)

 

蘇 軾(そ しょく)1037 -1101。中国北宋時代の官人、詩人、書家。東坡居士と号したので、一般に蘇東坡(そとうば)とも呼ばれます。

北宋最高の詩人とされ、文人としては韓愈・柳宗元・欧陽脩らとともに「唐宋八大家」と称されています。また書家としては、米芾・黄庭堅・蔡襄とともに「宋の四大家」と称される、中国を代表する文化人です。

 

 

 

・能〈田村〉への引用句

 

春の名作能〈田村〉には、シテ・ワキの名所教えの段落で、当句が引用されます。

 

ワキ げにげにこれこそ暇惜しけれ。こと心なき春の一時

シテ げに惜むべし

ワキ 惜むべしや

シテ・ワキ 春宵一刻価千金。花に清香。月に影

シテ げに千金にも。替えじとは。今此時かや

 

清水寺から、清閑寺、今熊野観音、鷲の尾の寺、音羽山へと、シテとワキがお互いの視線を追いながら、春都の絶景をながめるシーンです。

「春宵一刻価千金」と感動を分かち合いつつ共に吟ずるくだり。

旅の僧と社殿の童子が、あたかも恋人同士のように袖引き合いながら、互いの心に春のおぼろ月をかけあう。

引用元の「春夜」になまめかしい暗喩があるとしたら、能作者はそのイメージをも物語の背景に意図して盛り込んだものかもしれません。

とかく春の夜は、もの狂おしいものです。

 

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