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2014年2月28日 (金)

【庵主のオススメ本】『ファラゴ』ヤン・アペリ

51lv6okhwl__ss500_ http://p.tl/1AYY
仏文学です。
死と生、愛と憎、聖と俗、希望と失望の間を、人類がかつて経験したことのないジェットコースターで旅をする。
後半、突然山岳小説になり、ラストは神が降臨する。涙、涙。
まさに映画の如き本です。

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2014年2月20日 (木)

2/24「風姿花伝」「南方録」講座

300 寺子屋素読ノ会、次週2月24(月)に開講します。
http://nobunsha.jp/img/terakoya%20annai.pdf


1.風姿花伝講座 17:30-19:00

◆講読予定:第三問答條々
「序破急とは」「能の立合い」「名人vs新人」

・序破急は日本文化を代表する抽象概念。
緩急やスピードのみならず、濃淡密疎、ものごとの進行を規定する自然の摂理をあらわします。
中国より伝わり、中世に雅楽の規定からはじまり、
和歌や舞台芸能、武術にいたるまで「序破急」は欠くべからざる中心概念として、わが国のあらゆる文化へと派生、浸透していきました。
西洋の「起承転結」と比べると興味深いテーマです。

・立ち合いとは、勝負。今日、大相撲で使われる言葉ですが、
競争相手をいかに打ち負かすか、がその目的。
現在舞台芸能で「立ち合い」はほとんどない。
世阿弥の時代には、食うか食われるか、
熾烈な競争が芸能集団の間でも日々競われていた。
室町時代、能の立ち合いの現場を垣間見ます。

・名人vs新人
珍しきが花なり。世阿弥の名言です。
いつの世も、どの分野においても
新進気鋭の若手が、熟練のベテランをフレッシュな印象で、
打ち負かす例があります。
浅田真央vsリプニツカヤ?
しかしこれはあくまでその場限り、その時だけの
「一時の花」。
本物の花を未来永劫咲かせ続ける世阿弥の秘策とは。


2.南方録講座 19:30-21:00

◆講読予定:台子

今回より南方録中盤、もっとも重要な「台子」の段落を読み始めます。
利休の台子相伝については、茶道史において様々な推論が
展開されており、いまだ定説を見ません。

台子は「だいす」と読み、中国語の発音が由来とされている。
利休が大成した〔草庵小座敷の茶〕に対して、前代の〔書院台子の茶〕に
主に用いる棚物の代表的な道具のこと。
台子の相伝は今日においても茶道各流儀では非常に重く扱われており、
茶の湯の起こり、根本ともみなされる重要な茶式です。

当段落より、現在南方録のみに継承される〔曲尺割り〕とよばれる
台子を用いた幻の茶の技法が本格的に解明、詳述されます。
利休が宗啓や一部の高弟のみに伝授した〔曲尺割り〕とは?
南方録より、その数学的ともいえる厳密かつ整合的な茶道具飾りの
秘伝の数々を、図を解読しながら一つ一つたどっていきましょう。

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2014年2月16日 (日)

究極の侘び茶人 山科の丿貫

Kama_tedori 貫、へちかんと読みます。
千利休と同時代の侘び茶人で、名物道具を一切所持せず、
手取り釜ひとつで、雑炊も茶もまかなったと伝えます。

その清貧に徹した侘びは、秀吉をはじめ当時の貴顕にも
認められ、身分を越え多くの茶数奇と交わり、いくつかの
名エピソードを遺しています。

『茶話指月集』に収録された、利休との初めての出会いも
そのひとつ。

丿貫の噂を聞いた利休がその寓居を初めて訪れたところ、
表通りに面して井戸がある。
「この埃っぽい水では、とうてい茶は飲めぬな」
ときびすを返しかけた利休。そこへ奥から丿貫が、
「お待ちくだされ」
と声をかけた…。

人気漫画『へうげもの』でも取り上げられた、
歴史に残る達人と達人の出会い、名シーン。

2/20(木)銀座おとな塾講座では、『茶話指月集』より
上の段落を読みたいと思います。

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2014年2月 8日 (土)

2/12蒲田産経学園「邯鄲の枕」講座あります。

2/12()10:30~ 蒲田産経学園

●能の神話と伝説 第五回「邯鄲の枕」

http://nobunsha.jp/img/kozalist.pdf

今回は、能「邯鄲」を題材として、〔自と他〕、〔夢と現実〕のはかない区別を説く、中国の哲学小説を読みます。

まずは、能「邯鄲」の原典とされる、中国唐代の小説『枕中記』から、そのあらすじをご案内しましょう。

唐の玄宗の開元年間のことである。

 

 呂翁という道士が邯鄲(河北省、趙の旧都)の旅舎で休んでいると、みすぼらしい身なりの若者がやってきて呂翁に話しかけ、しきりに、あくせくと働きながらくるしまねばならぬ身の不平をかこった。若者は名を廬生といった。

 

 やがて廬生は眠くなり、呂翁から枕を借りて寝た。陶器の枕で、両端に孔があいていた。眠っているうちにその孔が大きくなったので、廬生が入っていってみると、そこには立派な家があった。その家で廬生は清河の崔氏(唐代の名家)の娘を娶り、進士の試験に合格して官吏となり、トントン拍子に出世をしてついに京兆尹(首都の長官)となり、また出でては夷狄を破って勲功をたて、栄進して御史大夫部侍郎になった。

 

 ところが、時の宰相に嫉まれて端州の刺史(州の長官)に左遷された。そこに居ること三年、また召されて戸部尚書に挙げられた廬生は、いくばくもなくして宰相に上り、それから十年間、よく天子を補佐して善政を行い、賢相のほまれを高くした。

 位人臣を極めて得意の絶頂にあったとき、突然彼は、逆賊として捕えられた。辺塞の将と結んで謀叛をたくらんでいるという無実の罪によってであった。彼は縛につきながら嘆息して妻子に言った。

 「わしの山東の家にはわずかばかりだが良田があった。百姓をしておりさえすれば、それで寒さと餓えとはふせぐことができたのに、何を苦しんで禄を求めるようなことをしたのだろう。そのために今はこんなザマになってしまった。

昔、ぼろを着て邯鄲の道を歩いていたころのことが思い出される。あのころがなつかしいが、今はもうどうにもならない‥‥。」

 廬生は刀を取って自殺しようとしたが、妻におしとめられて、それも果し得なかった。ところが、ともに捕らえられた者たちはみな殺されたのに、彼だけは宦官のはからいで死罪をまぬがれ、驥州へ流された。

 数年して天子はそれが冤罪であったことを知り、廬生を呼びもどして中書令とし、燕国公に封じ、恩寵はことのほか深かった。五人の子はそれぞれ高官に上り、天下の名家と縁組みをし、十余人の孫を得て彼は極めて幸福な晩年を送った。やがて次第に老いて健康が衰えてきたので、しばしば辞職を願い出たが、ゆるされなかった。病気になると宦官が相ついで見舞いに来、天子からは名医や良薬のあらんかぎりが贈られた。しかし年齢には勝てず、廬生はついに死去した。

 

 欠伸をして眼をさますと、廬生はもとの邯鄲の旅舎に寝ている。傍には呂翁が座っている。旅舎の主人は、彼が眠る前に黄粱を蒸していたが、その黄粱もまだ出来上っていない。すべてはもとのままであった。

「ああ、夢だったのか!」

 呂翁はその彼に笑って言った、

「人生のことは、みんなそんなものさ。」

 廬生はしばらく憮然としていたが、やがて呂翁に感謝して言った。

「栄辱も、貴富も、死生も、何もかもすっかり経験しました。これは先生が私の欲をふさいで下さったものと思います。よくわかりました。」

 呂翁にねんごろにお辞儀をして廬生は邯鄲の道を去っていった。

〔邯鄲の枕〕伝説は、ぼくたちにとっては荘子の〔胡蝶の夢〕を想起させます。

(原典読み下し)

昔者荘周夢に胡蝶と為る。栩栩然として胡蝶なり。

自ら喩しみて志に適えるかな。周たるを知らざるなり。 俄然として覚むれば、則ち蘧々然として周なり。

知らず、周の夢に胡蝶と為れるか、胡蝶の夢に周と為れるかを。

周と胡蝶とは、則ち必ず分有らん。此を之れ物化と謂う。

(訳文)

以前のこと、わたし荘周は夢の中で胡蝶となった。喜々として胡蝶になりきっていた。

自分でも楽しくて心ゆくばかりにひらひらと舞っていた。荘周であることは全く念頭になかった。はっと目が覚めると、これはしたり、荘周ではないか。

ところで、荘周である私が夢の中で胡蝶となったのか、自分は実は胡蝶であって、いま夢を見て荘周となっているのか、いずれが本当か私にはわからない。

荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。

「邯鄲の枕」は、老荘思想と道教の説く「無為」や「道」、あるいは不老不死を信奉した神仙思想に端を発する民間伝承がベースとなったものとされています。

夢と現実の境は、古来多くの思想家、哲学者のテーマとなり、『枕中記』前後にも同テーマでいくつか同様の文学作品が創作されました。

わが国では『太平記』に邯鄲の枕の故事が「黄粱夢事」として取り上げられ、これが能の原作となりました。現代では芥川龍之介の『黄梁夢』、三島由紀夫は『近代能楽集』の中の「邯鄲」が有名です。

さて、能「邯鄲」は、世阿弥が『風姿花伝』第二物学條々で説いた〔唐事〕に分類される、中国物の一作品。世阿弥は唐事のものまねの秘伝として、以下のように伝授しています。

これは、およそ格別のことなれば、さだめて稽古すべき形木もなし。ただ肝要、いでたちなるべし。また、面をも、同じ人と申しながら、模様の変わりたらんを着て、一体異様したる様に、風体を持つべし。(中略)

この異様したると申すことなど、かりそめながら、諸事にわたる公案なり。なにごとか異様してよかるべきなれども、およそ唐様をば、なにとか似すべきなれば、つねのふるまひに、風体変れば、なにとなく唐びたる様に、よそめに見なせば、やがてそれになるなり。

「邯鄲」の実際の舞台を見ると、役者は中国風の側次を着用し、能面はエキゾチックな邯鄲男をつけています。これが「異様したる風体」であり、世阿弥の秘伝によるものです。

庶民はそもそも本物の中国人など見たこともないし、ましていわんや中国の歌や所作など思いもよるまい。見かけを異風につくれば、ハッと心奪われ「ああ。これが中国人か」と即座に納得してしまうものである、と観阿弥から教えられたのでしょう。

「邯鄲」は、装束や外見の面白さだけではなく、演劇としてとてもよく創られた能の名作。さしあたり、段落構成や舞台の仕立て、展開の巧み、意表をつく見せ場など、さすが「六百年の能の叡智」、というほかありません。現代演劇やドラマ、映画作者にとってもよい勉強となるのではないでしょうか。

●能「邯鄲」の見所(特殊演出)

1.中国(唐)風の演出 →女主の側次、唐団扇、黒頭

2. 一畳台・引立大宮と枕の扱い →邯鄲の里のひなびた宿が、豪壮な宮殿に一変する。枕のある/なし、が合図。

3.子方の舞とシテの舞の対比

4. 一畳台中のシテの”楽”+特殊な型「空下り」

5.夢の中の登場人物が退場→シテの一畳台への「飛び込み」の型

(軽業師、曲芸師の空中浮遊技)

6.数百曲ある能の中で、唯一シテが”寝そべる型”をする

2/12、蒲田産経学園にてくわしく能の展開をご案内します。

なお、この2月をもって蒲田産経学園は閉校となりますので、ここでの「能の神話と伝説」クラスは最終回となります。

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2014年2月 2日 (日)

「怖さの正体を見極める」宇宙飛行士の不動智

55663 禅は、生と死を分かたず、これを克服することを教える仏教。
ここから、今この一瞬に全存在をかけて生き抜く「一期一会」の思想が生まれ、茶道や能、庭、日本画、俳諧、武士道など、日本独自の文化が生まれ、形成されてきたのです。

俗説ですが、生涯不敗の剣聖、宮本武蔵を鍛え上げたとされる沢庵和尚の「不動智」は、死を超克する当時の武士にとって必須であったに違いありません。
現代に目を転ずると、武士はもう日本に存在しませんが、死と隣り合わせの職業といえば、まず宇宙飛行士が思い浮かびます。宇宙船打ち上げの瞬間、大気圏突入、船外活動、軌道修正時…。あらゆる時間、局面において彼らは“無”そのものである宇宙と対峙し、苦もなく死を引き受けているのです。

過日、日経新聞別紙にて、宇宙飛行士、野口聡一さんの談話が紹介されました。

「飛行士になり、死を真摯に考えた」
「日常生活でも訓練のように、いつも緊急対応を考える癖がついた」
「怖さの正体を見極め、リスクを最小限に抑えることが大切」

NASAやJAXAで、日本の禅がトレーニングに直接取り入れられているとは思えませんが、日々の過酷な訓練で、まさしく宇宙飛行士は禅的な超克を体得しているようです。
以下同記事の、野口さん談話をご紹介させていただきます。



宇宙はシビアな環境なので、危機管理がとても大切です。すべてのリスクをなくすのは無理なので、トラブルに応じた対応方針を事前に決めます。機械の故障でも即時修理の必要性など優先順位をつけて対応します。
重大トラブル時は明確で、まず飛行土の生命、次に国際宇宙ステーション(ISS)、実験です。どれかを放棄すべき局面でも迷いません。

もちろん、そんな局面はまずありません。初の船外活動では宇宙船に戻るハッチが一瞬、開かずに焦りました。しかし、退路が断たれる状況にならないよう対応が考え抜かれていたので、落ち着いて行動できました。
多重トラブルの訓練もします。「次に起きたら絶対嫌だな」という最悪のトラブルを、教官は必ず発生させてきます。日常生活でも訓練のように、いつも緊急対応を考える癖がついてしまいました。

危機管理とは、実はチームワークと表裏一体です。明確な対応方針のほかに、正しい状況判断が欠かせないからです。チームが機能すれば情報を素早く共有でき、多くの視点で状況判断できるのです。

スペースシャトルは70分の1の確率で事故が発生します。宇田航空研究開発機構(JAXA)
の飛行士になり、死を真摯に考えました。私にとって飛行士とは、そのリスクを引き受けるに値する役割との結論にたどり着きました。リスクは宇宙飛行だけでなく、生活すべてに存在するでしょう。危険があると怖くなりますが、怖さの正体を見極め、リスクを最小限に抑えることが大切だと思います。

(2014/2/1日経新聞「日経プラス1」知求見聞 野口 聡一氏)



【言の葉庵】沢庵、武蔵関連コンテンツ

・沢庵宗彭『不動智神妙録』
http://nobunsha.jp/blog/post_141.html

・宮本武蔵『五輪書』
http://nobunsha.jp/blog/post_67.html

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