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2013年11月24日 (日)

明日は新橋「寺子屋素読ノ会」あります。

Resize0316 11/25(月)寺子屋素読ノ会、11月講座があります。
http://nobunsha.jp/img/terakoya%20annai.pdf

●『風姿花伝』を読む 17:30~

今回は第三「問答條々」を読み進めます。父観阿弥と世阿弥の芸の核心に触れるQ&A形式です。第一問は「なぜ開演前の会場を見ただけで当日の能が成功するか失敗するかが占えるのか」。

●『南方録』を読む 19:30~

第三章「棚」を読みます。そもそも秀吉のもてなしのため利休が設えた、別室での茶道具名物の飾り。これを元に津田宗及が浅野長政、宇喜田秀家らと考案した〔鎖の間〕での飾りと茶事。「後々茶の湯が廃るもと」と利休は厳しくこの間での接待を禁じました。

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神仏の国、サービス立国

P1010011 日本の未来について、もっと多くの人が意見を積極的に交わすべきと、ぼくは常々考えています。

ものづくりもITも昭和・平成の日本を牽引してきた、とても大事な産業だと考えています。
しかし、世界に類を見ない歴史と文化をもつ日本の観光やサービスに、国と政府はそれほど目を向け、力を入れてきたとはとうてい思えません…。みんな民間にまかせっきりでした。
60-70年代はものづくりが日本の成長をリード、90-00年はITが脚光を浴びました。そして、10-20年代こそ日本の真のサービス力を世界に問う時代なのでは、と考えています。

ハードよりも、ソフト。新規なアイデアや着想のみ追い求めるのではなく、より豊かな心と深い精神性に基づくサービスを全世界に知らしめるべき。たとえば、絶対平等と生命重視を根本とする日本の仏教に、未来のサービスのヒントがあるのでは…とひそかに考えています。

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2013年11月21日 (木)

銀座、外国人観光客に占領

11_0330 少し驚いたので、Yahoo News風のヘッドラインにしてみました。

本日カルチャー講座のため、銀座四丁目から一丁目にかけて目抜き通りを歩いた。
年末に近く天気も良いためか、平日昼間なのに人通りがとても多い。
歩いている人の顔・背丈は一見「日本人かな…」と思ったのですが、耳を澄ますと言語が違う。周りの会話はほとんど外国語でした。
とりわけユニクロは外国人占拠率がすさまじい。日本人は店員だけか…。いや、店員も半分外国人か。

今朝のNHKニュースによると、大震災後がくんと減った外国人の観光客数が、今年アベノミクス・円安等の影響を受け反転。過去最高になる、との見通し。
政府観光局調査によると2013年10月外国人来日数は、前年同期比31.5%増。
地域別では、中国・台湾・香港・シンガポール・ベトナム・フランスが過去最高の来日数を記録したという。
ぼくの実感でもまさに、周りは中国語やアジア系言語花盛り。ちらほら見かけた欧米人はフランス人らしいですね。

2020年東京五輪開催を目標として、そろそろ日本の産業も「ものづくり」「IT」産業から脱却し、本格的に日本文化を核に据えた観光、「サービス立国」を指針として打ち出すべきでは…と肌で感じたのです。

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2013年11月20日 (水)

明日11/21『茶話指月集』講座あります

1 明日、11/21(木)銀座おとな塾産経学園にて、「千利休侘び茶の世界」の講座が10:30よりあります。
今回は『茶話指月集』上巻の最終章を講読。

〔講座内容予定〕

●利休好み、雲龍釜の由来
●四畳半の炉、夏には板でふさぐ故事
●露地の垣、しつらえの利休好み
●「雲山の肩衝」はなぜ割られたのか
●家康、初の上洛での利休の接待
●薄茶器の歴史。珠光好み、幻の塗師羽田五郎とは。盛阿弥、記三、余三、藤重藤厳の名物茶道具黒中棗~1

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2013年11月19日 (火)

ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。

2 【言の葉庵】メールマガジンNo.58、発刊しました。
http://p.tl/tUD4

・今号のコンテンツ
【1】名言名句 第四十三回  ただ、時に用ゆるをもて花と知るべし。
【2】葉隠を読む       〔曲者篇〕第一回
【3】TV能狂言情報      観世宗家対談&能『富士山』『羽衣』

世阿弥『風姿花伝』より、“能の花”の秘密を解き明かす名言を紹介します。

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2013年11月13日 (水)

能「鉄輪」。光と闇の中世呪詛文化史

本日は蒲田産経学園カルチャー講座、『能の神話と伝説』第二回鉄輪伝説(陰陽道・丑の刻参り)を開講しました。

平安から江戸にかけて、たびたび実際に執り行われたという、日本独自の呪詛の習慣が、「丑の刻参り」です。

草木も眠る丑三つ時、白装束、髪はざんばら、頭には五徳を被り蝋燭をともした恐ろしげな女が神社にただ一人。真っ暗闇の社の神木に藁人形を五寸釘で打ち込み、憎い仇を呪い殺すセレモニー。
世の小説やドラマになっているこの呪いの儀式、じつは能から生まれ、伝播していったものなのです。

通常は史実をもとに演劇作品がつくられますが、丑の刻参りについては逆。能の架空の世界が、現実の社会でひっそりと再現され、やがて習慣化していったものです。

しかし丑の刻参りは、能がオリジナルではなく、古く奈良~平安時代から「人を呪う」恐ろしい風習と史実があり、これらをもとに演劇化したもの。
『日本書紀』『古事記』に磐長姫や中臣勝海連等の呪詛の例がまず見られ、鉄輪の舞台となった有名な「呪詛の社」、京都貴船神社にまつわる呪いの実話は、平安期の『栄花物語』に見られます。とりわけ丑の刻参りの原型とされるのは、鎌倉時代、『屋台本平家物語』の“橋姫伝説”。全身を赤く塗り、口に松明をくわえ、頭に鉄輪をいだく…とあります。

その起源をたどれば呪いの儀式は、古く中国や朝鮮半島より、道教・陰陽思想などとともに日本に伝来したものでした。

〔中国〕
・道教→蠱道(こどう)
・陰陽五行思想
〔朝鮮半島〕
・呪禁道

が、日本に渡り、陰陽道となって「人型祈祷」「呪い釘」などの手法によって呪術化されていったものです。
もともと陰陽道はあたかも医者のように、人の悪気を払い健やかさを祈り、もたらすことが本願。しかし、薬も用法を誤ると劇薬となるがごとく、人を呪い、害することもできる諸刃の刃ような術だったのです。

光あるところ、闇あり。

まさに中世は闇に活き活きとしたパワーが躍動した時代。たとえば西洋、中世カトリックの世界も魔女や魔法が跋扈した時代ではなかったでしょうか。
日本では平安時代、朝廷により恐ろしい力をあらわす陰陽道は禁じられ、ひそかに地下にもぐる。ここから生れたのが密教と道教、陰陽思想がミックスした「修験道」です。山岳信仰などと結びついて広く信仰の対象となっていきます。白装束に一本足の下駄、金剛杖をついた「山伏」たちの信仰ですね。

さて、能『鉄輪』では己を裏切った元夫と後妻を恨み、わが身を鬼と変じたシテがあらわれ、憾みを晴らさんと邪力をふるい二人におそいかかりますが、貴船社を守る三十番神に祈り伏せられてしまう。「今はこれまで。しかしまたやってくるであろう」と捨て台詞をはいて幕に引きます。

あな恐ろしや。
物語はまだこれからも続き、繰り返されるという。
世阿弥作ともいわれる『鉄輪』は、自分の力ではいかんともしがたい運命に玩ばれることをよしとせず、呪力を得てまで立ち向かおうとする庶民の姿を活き活きと描いたもの。

人を呪わば穴二つ。

呪いと祈り。前時代の遺物と笑うわれわれに、人の世の深い仕組みを時代をこえて教えてくれる物語ではないでしょうか。

次回12月蒲田産経学園講座は、平家の侍大将悪七兵衛景清の悲しい末路の物語、能『景清』を、日本各地の伝説からたどってご紹介します。 Fc9f1441

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2013年11月11日 (月)

上手は下手の手本、下手は上手の手本。

5 【言の葉庵】の本棚 第五回

世阿弥『風姿花伝』からの名言です。

先輩、上司、先生、達人、上手…。
自分より上の人から学ぶのは当たり前ですね。
しかし、「こんなヤツに…」と日頃下に見ている人から
学ぼうとする人はいないのではないでしょうか。

下手からこそ学べ…。
世阿弥は単に「反面教師」だけを指したのではありませんでした。
学びを邪魔する敵は、実は自分の心の中にいるのです。

http://nobunsha.jp/meigen/post_29.html

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2013年11月 4日 (月)

【釈迦の名言】 愛する人と会うな。

01192000035 愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。愛する人に会わないのは苦しい。また愛しない人に会うのも苦しい。

(ダンマパダ 第十六章 愛するもの)

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2013年11月 2日 (土)

武士道といふは、死ぬことと見つけたり。

Hagakure_300 【言の葉庵】の本棚 第四回

「武士道といふは、死ぬことと見つけたり」。

武士道の聖典とよばれる、『葉隠』(山本常朝)より、
きわめつけの名言です。

この一句だけ見れば「桜のようにぱっと散る」のが
武士…と勧めているもののようにも思えます。

しかし真の武士は、己の一念を固く守り、軽々しく捨て身にならず、
とことん生き続けるもの、と「葉隠」は説きます。
はたしてその真意とは…

http://nobunsha.jp/meigen/post_27.html

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