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2011年3月17日 (木)

『山上宗二記』の真実 第六回

「序」に引き続き、今回は『山上宗二記』の主要段落ともいえる「珠光一紙目録」を読み進めます。そもそも『宗二記』は、別名『茶器名物集』とも、『珠光一紙目録』とも称されてきました。茶の湯の開山、村田珠光が能阿弥とともに目利きした当代名物の由緒・評価の一覧を門弟に相伝した秘伝書が、『宗二記』の実体だったのです。

珠光一紙目録

 この一巻は、珠光が目利き稽古の道を、能阿弥に問い究め、その内容を日記としてつづったものである。後継者、宗珠へ相伝した。(ある本によれば、末子に相伝したとある)引拙の時代までは、珠光の風である。その後、紹鷗がことごとく改め、加筆を終えた。紹鷗は当時の偉人であり、先達、中興である。追加の一巻は辻玄哉まで相伝された。茶の湯の道具と秘伝が追々記されている。さて、この内茶の湯の行き方はすべて禅からきたものである。口伝・秘伝は口頭にて伝えたい。書いたものはない。奥書に載せたものだけである。

 紹鷗が逝去して三十余年、今、茶の湯の先導者は宗易である。すなわち宗易尊師に二十余年の間、聞き置いた秘伝の数々をこれへ書き改め、勘考しているところ。名物一種一種についての目利きの習い、奥儀がここにある。とどまるところ、数寄者の覚悟とは、禅の心をもってなすべきである。

  紹鷗末期の言。

 料知す。茶味と禅味同じなること

 松風を吸い尽くして、こころいまだ汚れず

 唐物は代価の高下によらず、床に飾る道具をもって名物とよんだ。大壺と三つ石は、昔より床に飾ってきた。その他、当代千万の道具はみな紹鷗の目利きによって選び出されたものである。

「大壷の次第」よりはじまり、以下、天目、茶碗、釜、香炉、香、墨蹟、掛絵と『一紙目録』の目利きは続きます。加えて、上のように冒頭には、その巻頭言として、珠光~紹鴎~利休へと継承されてきた、侘び茶の湯の系譜と正統が説かれます。

この部分の著者ははっきりしませんが、内容により、紹鴎直系の門弟、あるいは利休の口伝を宗二自身が書き加えたものと思われます。

ここではなによりも「茶と禅」の一体性が、まず説かれる。紹鷗末期の言として

「料知す。茶味と禅味同じなること」

が紹介されますが、これは紹鴎の像に画賛として付された、大徳寺第九十世、大林 宗套の偈の第三・第四句です。

まさにここから、現代茶道史の「茶禅一味」思想が始まったことを考えれば、この書の重要性はいくら強調しても、強調しすぎることはありません。

「茶の湯の行き方はすべて禅からきたものである。口伝・秘伝は口頭にて伝えたい。書いたものはない」

まことに茶の湯の道は、禅と同様に不立文字教外別伝。珠光、紹鴎、利休と伝えられた真実の教えは、「書き物にはない」と師の鉄槌を甘んじる他はありません。

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