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2011年1月20日 (木)

能と物語文学・伝説 「邯鄲」第一回

1 今回より、能と、物語文学・民間伝承との関連を考証していくシリーズをスタートします。

第一回は名作能『邯鄲』。
荘子は夢の中でわが身が蝶となった。しかも毎晩その同じ夢を見続けます。こうなってしまうと、目覚めている時の人間の自分が本当の姿なのか、はたまた夢の中の蝶が本当の自分なのか。…わからなくなってしまったといいます。

中国の片田舎から大きな夢を抱いて、都会に出てきた青年が、邯鄲のとある宿で"夢が叶う"不思議な枕を主人から借り受けたことから、この世にも不思議な物語は始まったのです。


●邯鄲の夢(枕)とは

・中国唐の開元年間(713~741)、盧生という貧乏な青年が、趙の都邯鄲で道士呂翁(りょおう)と会い、呂翁が懐中していた、栄華が思いのままになるという不思議な枕を借りた。うたた寝をする間に、50余年の富貴を極めた一生の夢をみることができたが、夢から覚めてみると、宿の亭主が先ほどから炊いていた黄粱(こうりゃん=粟粥)がまだできあがっていなかった、という唐代李泌(りひつ)作『枕中記(ちんちゅうき)』の故事による。

・同じような説話は、すでに六朝時代(222- 589)の干宝の『搜神記』のなかにも見られる。さかのぼれば、中国思想、老荘・道教の説く「無為」や「道」、あるいは不老不死を信奉した神仙思想に端を発する民間伝承がベースとなったものと想像される。
『枕中記』より後のものには唐の李公佐の小説『南柯太守伝』、明の湯顕祖の戯曲『南柯記』が同じ構想のものである。
これらの説話から、栄枯盛衰の極めてはかないことをたとえて「邯鄲の夢」とか「一炊の夢」「黄粱の夢」という言葉が生まれた。また「邯鄲の枕」とも「邯鄲夢の枕」ともいう。ただし中国では「黄粱夢」「黄粱美夢」とよばれている。

・日本では、『太平記』巻二十五「黄粱夢事」に引用される同故事を下敷きとして、能『邯鄲』がつくられたと考えられる。
現代作品では、芥川龍之介が、能『邯鄲』をモチーフにして『黄梁夢』という作品を、また三島由紀夫は『近代能楽集』の中に能『邯鄲』を現代風の戯曲に翻案した作品を書いている。

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