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2011年1月17日 (月)

「文化・芸術は何のためにある」

興味深い調査結果があります。世界中の人が”住みたい国”の順位、日本は12位、デンマークが10位。ところが、「国民の幸福度」では、日本は世界の90位、デンマークは第1位であるという。先日、日本経済新聞に掲載された文化庁長官、近藤誠一氏のコラムにある数字です。まずは、近藤氏の論述をご紹介しましょう。

●世界の各種機関の調査結果では、日本は世界の人が「住みたい国」の第十二位である。そして世界一の長寿国、第三の経済大国、国際競争力六位、世界で一〇番目に「人間らしさが実現されている国」、一人当たり所得は一七位。総合得点では世界第九位となっている。
●「日本は素晴らしい国だから、国民はさぞかし幸福であろう」と一見思える。
ちなみに近藤長官が居住したデンマークの各分野ランキングはそれぞれ、二九位、三〇位、九位、一六位、五位、総合で一〇位。住みたい順位は一〇番目となる。そして、国民の幸福度は第一位。ところが日本人の幸福度は世界で九〇番目である。
●日本の高い総合順位にくらべ「幸福度」のみ著しく低い理由のひとつが、戦後の経済偏重。驚異的な経済復興の裏で、二つの見逃せない国民の意識・価値観の変容が起こっていた。ひとつめは、復興の成功体験により、本来幸福追求の手段に過ぎない経済成長が自己目的化したこと。世界に評価される国になったのに、経済停滞と新興国の追い上げの前に、現在日本は閉塞感に陥ってしまっている。
●二つ目は、文化芸術の軽視。経済成長に資する画一性と勤勉さが美徳とされ、余暇や文化により幸福を求めることに”後ろめたさを感じる”ライフスタイルになってしまう。世界に誇る日本の文化資産を国民が鑑賞し、生活の一部にするシステムも構築しなかった。才能あるアーチストは海外へ流出。我々は成熟した社会の原動力となる創造性を養う機会を失っていた。
●まだまだ日本には優れた文化資源と才能は十分ある。発想を変え、文化芸術を教育と生活の中心に置けば、文化芸術の力が日本を再生してくれるはず。
(日本経済新聞夕刊 2011/1/14「幸福は文化芸術の力で」近藤誠一(文化庁長官)より要約)

戦後の凄まじい経済成長の中で日本人は、「幸福追求の手段でしかない経済成長が自己目的化し」「文化芸術を軽視し」「世界に誇る文化資産を国民が鑑賞し、生活の一部にするシステムが育たなかった」、と近藤氏は指摘します。確かに現在においても、世界の中で日本の行政が文化芸術に投入する予算は驚くほど少ない。国家予算に対する日本の文化庁予算は0.11%にしか過ぎないのです。欧米先進国のその比率は、イギリス0.31%、フランス1.01%、ドイツ0.26%となっています。
(文化庁HPより http://bit.ly/h6Mdda )

近藤氏が指摘するように、そもそも人間の生活の豊かさ・幸福度は、富や経済成長とは直接関係がない。人は衣食足り、健康であればそれだけでひとまず”幸せ”かもしれません。しかしそれではただ生きているだけのこと。人として充実して豊かに生き抜き、納得し、かつ満足して死ぬために必要なもの。それは円満な家族関係や人間関係に加え、人間にしか与えられていない「何か」を為し続ける”喜び”なのではないでしょうか。いやむしろ、人が人間として生きていくうえで作り出された、必要欠くべからざるものが「文化」や「芸術」なのではないか。

幸福とは何か、芸術とは何か。能の達人、世阿弥は定義します。
「そもそも芸能とは諸人の心を和らげて、上下の感を為さん事、寿福増長の基、仮齢延年の法なるべし。極め極めては諸道悉く寿福増長ならん」
(『風姿花伝』第五奥儀讃嘆云 http://bit.ly/gpwO8k)

芸能・芸術とは、すべての人の心を豊かにし、上下等しく感動を与えるもの。幸せの根本であり、長寿の秘訣である。つきつめれば、芸道はすべて幸せをもたらすためにある。
世阿弥は、またいいます。

「寿福増長の嗜みと申せばとて、ひたすら世間の理にかかりて、もし欲心に住せばこれ第一道の廃るべき因縁なり。道のための嗜みには寿福増長あるべし。寿福のための嗜みには、道まさに廃るべし。道廃らば寿福おのづから滅すべし。」

幸せを呼ぶ手段であるからといっても、ただ利を求め欲得にまみれてしまえば、それこそまず道を廃れさせる第一の原因となろう。道のために努力するところに、幸せはある。己の幸せのためにのみ励むなら、道は廃れるばかり。道のないところに、なにゆえ幸せがあろうか。

「芸術・文化は、幸せと長寿を招くもの」。世阿弥の定義は明快です。しかし自分ひとりの欲得のために、それを手段とするならば、芸術と文化はその本来の目的を失い、幸せをもたらすどころか身の破滅を招くのだ、と戒めます。

100歳を越えてなお現役舞踏家として舞台に立ち続け、世界に感動を与えた人。100歳近くになって処女詩集を世に問う快挙を成し遂げた人。人として与えられた一度きりの生を、本当に豊かに生きる秘訣を「芸術と文化」が、時代と国を超え、教えてくれるのです。

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