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2011年1月23日 (日)

能と物語文学・伝説 「邯鄲」第三回

今回は、「太平記」と芥川龍之介「黄粱夢」をご紹介します。


●太平記巻第二十五
自伊勢進宝剣事付黄粱夢事


富貴を求める一人の男がいた。楚の国王が賢才の臣を募集していると聞き、御爵(おんしゃく)を貪らんがため、男はただちに楚に赴いた。
道中、歩きくたびれ、邯鄲(かんたん:河北省成安県)の旅亭にしばしの休息を取った。そこにいあわせた呂洞賓(りょとうびん)という仙術使いがこの男の心中を暗に悟り、富貴の夢を見ることのできる枕を貸し与える。男はさっそくその枕を使って一睡してみた。
その時見た夢は・・・。

楚侯の勅使がやってきて、男を宮中に招く。その礼といい贈り物といい、大変なものである。男は喜んで楚侯の宮廷に赴いた。楚侯は男に席を近づけ、政道や武略について様々下問。男がそれに答えるたびに、同席の諸卿らは深くうなずいて同意を表わす。楚侯は男の才能を高く評価し、彼を閣僚に抜擢した。

それから三十年間、男は楚国において大活躍、楚侯はこの世を去るまぎわ、その長女を男の妻として与える。その後は、侍従やしもべに囲まれ、好衣珍膳、心にかなわずという事は何も無く、目を悦ばさざるという事は一切無い。座上には客が常に満ち、樽中には酒空しからず。楽しみは身に余り、遊興に日を尽くして五十一年、夫人は一人の男子を産む。
楚侯には位を継ぐべき男子が無く、孫が出生したので、公卿大臣皆相はかり、男を楚の国王と成した。周辺の民族らもみな帰服し、諸侯らがこぞって男のもとに来朝してくる様は、まさに、秦の始皇帝が戦国の六国を併合し、漢の文帝・景帝が九つの民族を従えたのと同様である。

やがて太子三歳の誕生日を迎え、洞庭湖の波上に三千余隻の舟を並べ、数百万人の賓客を集めて、三年三ヵ月にわたっての遊楽を行った。
赤褐色の髭の老将は錦の艫綱(ともづな)を解き、青い眉の美女らは舟漕ぎ歌を歌う。大梵天王(だいぼんてんのう)の宮殿の花も、帝釈天の宮殿の月も、見るに足らず、もてあそぶに足らず、遊び戯れ舞い歌いて、三年三ヵ月の歓楽がついに終わりを告げたその時、かの三歳の太子を抱いて船端に立っていた夫人は誤って足を踏み外し、太子もろとも海底に落ちてしまった。
数万の侍臣があわてふためき、一同に「あれよあれよ」と叫ぶ声に、男の夢はたちまち破れたのである。

つらつら夢中の楽しみの継続した時間を計ってみるに、君主の位にあった期間は五十年、しかし、枕の上で眠っていた時間はあまりにも短い。昼の眠りにつく前に、宿の主が蒸し始めた黄梁は、男が夢から醒めた時、まだ蒸し上がってはいなかった。
男は悟る。人間百年の楽しみも、みな枕頭片時の夢に過ぎぬという事を。彼は楚へ行くことを止め、たちまち身を捨てて世を避ける人となり、ついに名利に繋縛される心が失せたのである。

これを揚亀山(ようきさん)が「日月に謝する詩」に詠んでいわく、

少年よ 大志を抱け
 怠らず 学び励めよ
人生の得失 それは一片の夢中のもの
 そのようなものに 心動かされるなよ
うそだと思ったら きいてみるがいい
 邯鄲の旅亭において
 枕を欹(そばだ)てて 一睡した旅人に
その歓楽の生の間
 黄梁は幾たび、蒸し終えられたか と

(原文)
少年力学志須張
得失由来一夢長
試問邯鄲欹枕客
人間幾度熟黄梁


●黄粱夢
芥川龍之介

 盧生は死ぬのだと思った。目の前が暗くなって、子や孫のすすり泣く声が、だんだん遠い所へ消えてしまう。そうして、眼に見えない分銅が足の先へついてでもいるように、体が下へ下へと沈んで行く――と思うと、急にはっと何かに驚かされて、思わず眼を大きく開いた。
 すると枕もとには依然として、道士の呂翁が坐っている。主人の炊いでいた黍も、未だに熟さないらしい。盧生は青磁の枕から頭をあげると、眼をこすりながら大きな欠伸をした。邯鄲の秋の午後は、落葉した木々の梢を照らす日の光があってもうすら寒い。
「眼がさめましたね。」呂翁は、髭を噛みながら、笑みを噛み殺すような顔をして云った。
「ええ」
「夢をみましたろう。」
「見ました。」
「どんな夢を見ました。」
「何でも大へん長い夢です。始めは清河の崔氏(さいし)の女と一しょになりました。うつくしいつつましやかな女だったような気がします。そうして明くる年、進士の試験に及第して、渭南(いなん)の尉(い)になりました。それから、監察御史(かんさつぎょし)や起居舎人(ききょしゃじん)知制誥(ちせいこう)を経て、とんとん拍子に中書門下(ちゅうしょもんか)平章事(へいしょうじ)になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州(かんしゅう)へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪ぐ事が出来たおかげでまた召還され、中書令になり、燕国公に封ぜられましたが、その時はもういい年だったかと思います。子が五人に、孫が何十人とありましたから。」
「それから、どうしました。」
「死にました。確か八十を越していたように覚えていますが。」
 呂翁は、得意らしく髭を撫でた。
「では、寵辱(ちょうじょく)の道も窮達(きゅうたつ)の運も、一通りは味わって来た訳ですね。それは結構な事でした。生きると云う事は、あなたの見た夢といくらも変っているものではありません。これであなたの人生の執着も、熱がさめたでしょう。得喪の理も死生の情も知って見れば、つまらないものなのです。そうではありませんか。」
 盧生は、じれったそうに呂翁の語を聞いていたが、相手が念を押すと共に、青年らしい顔をあげて、眼をかがやかせながら、こう云った。
「夢だから、なお生きたいのです。あの夢のさめたように、この夢もさめる時が来るでしょう。その時が来るまでの間、私は真に生きたと云えるほど生きたいのです。あなたはそう思いませんか。」
 呂翁は顔をしかめたまま、然りとも否とも答えなかった。
(青空文庫 芥川龍之介全集2)

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