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2010年10月 2日 (土)

能の伝説と物語「西行」第五回

01 西行をモデル、題材とした能では以下の三番が著名です。

「江口」
「西行桜」
「遊行柳」

西行自身がワキとして登場するもの、また西行の歌をモチーフとしたものがあります。
今回は能「江口」をご紹介。西行が江口の遊女の家に宿を借りたことは、撰集抄第九に見られます。

 一つ家に遊女もねたり萩と月 (奥の細道)

後世、撰集抄を読んだ松尾芭蕉は”清き歌聖”西行法師が遊女に宿を借りる着想の面白さについ筆が弾み、虚構「一振」を奥の細道にさしはさんだのです。


■能 江口

江口(えぐち)
【分類】三番目物(鬘物)
【作者】金春禅竹
【主人公】前シテ:里女、後シテ:江口の君

能本作者註文では世阿弥の作とし、二百十番謡目録では金春禅竹の作としている。また、禅竹集収録の一休題頌に、この曲のクセに相当する文章が含まれていることから、長い間、一休の作とも考えられていた。

 現在では、「江口能 金春殿」と頭書した世阿弥直筆の謡本が残っていること、また、世阿弥の著書である五音の中に「江口遊女 亡父曲」とあることから、観阿弥が原作したものを世阿弥が引き継ぎ、それをさらに禅竹が譲り受けたものと思われる。
 なお、禅竹の歌舞髄脳記には、閑花風の例としてこの曲を挙げている。

 西行が江口の遊女の家に宿を借りたことは、撰集抄第九に、次のように出ている。
「過ぎぬる長月二十日あまりの頃、江口といふ所を過ぎ侍りしに、家は南北の川にさしはさみ、心は旅人の往来の船を思ふ。 遊女の有様いとあはれにはかなきものを見立ちし程に、冬を待ち得ぬ村時雨の、さえくらし侍りしかば、賤が伏屋にたち寄り、晴間待つ間をかり侍りしに、あるじの遊女許す気色の見えざりしかば、何となく、

『世の中を厭ふまでこそかたからめ、かりの宿りを惜しむ君かな』
とよみて侍りしかば、あるじの遊女うちわらひて、

『世をいとふ人とし聞けばかりの宿に、心とむなと思ふばかりぞ』
と返して、急ぎ内に入り侍りき。 ただ村雨のほどの暫しの宿とせんとこそ思ひ侍りしに、この歌の面白さに、一夜のふしどとし侍りき。 この主の遊女、今は四十余りにもやなり侍らん、みめことがらさまもあてにやさしく侍りき」


 この贈答歌は新古今集巻十の覇旅歌にも、西行の歌として出ていて、その詞書には、

「天王寺へ参り侍りけるに、俄かに雨降りければ、江口に宿をかしけるに、かし侍らざりければ、よみ侍りける」

として、返歌の主を「遊女妙」としている。

 また、遊女が普賢菩薩となって現れたことは、撰集抄第六のほか、十訓抄第三、古事談などにも見られる。ちなみに十訓抄第三では以下の通り。

「書写の性空上人、生身の普賢を見奉るべき由寤寐に祈請し給ひけるに、或夜転経疲れて、経をにぎりながら脇息によりかかりて、暫しまどろみ給へる夢に、生身の菩薩を見奉らんと思はば、神崎の遊女の長者を見るべき由示すと見て夢覚めぬ。 奇異の思ひをなして、かしこへ行き向ひて、長者が家におはし着きたれば、只今京より上日の輩下りて遊宴乱舞のほど也。長者横座に居て鼓を打ちて、乱拍子の次第を取る。その詞に曰く、『周防むろづみの中なるみたらひに、風は吹かねどもさざら波立つ』と。
 上人閑所に居て信仰恭敬して、目をふさぎて居給へり。この時長者忽ちに普賢菩薩の形に現じ、六牙の白象に乗りて、眉間より光を放ちて、道俗貴賎男女を照らす。 即ち微妙の音声を出して、
『実相無漏の大海に五塵六欲の風は吹かねども、随縁真如の波の立たぬ時なし』
と仰せらる。感涙仰へ難くて、目を開きて見れば又もとの如く女人の姿となりて、周防むろづみの詞を出す。 眼を閉づる時は又普賢の形と現じて法門を演べ給ふ。かくの如き度々、敬礼して泣々帰り給ふ時、長者俄かに座を立ち、間道より上人の許へ来りて、『この事口外に及ぶべからず』といひて、即ち俄かに死す。異香空に満ちて甚だ香ばし」

 以上のように本曲は、西行が江口で遊女に宿を借りようとした話と、遊女が普賢菩薩になったという話を組み合わせて、脚色を加えたもの思われる。


●白州正子著『老い木の花 友枝喜久夫の能』書評より。

友枝喜久夫(81歳)喜多流能の名人が演じた「江口」を観て幽玄という言葉では表現しきれぬ至芸に感動。友枝さんの美しい芸に報いたいという想いで筆を起こした後世に残る一冊。
さて、この演能で、白州さんは友枝喜久夫の謡いが水晶の玉のように透明で澄み切った音声。人間の肉声でなく、他界からひびいてくる精霊のささやきのようだと表現する。
さらに舞、装束のまといかた、足はこびに幽玄という言葉であらわしきれない新鮮な感動を伝えている。
この感動を次のように表現。
「この歳になって(来年80歳になる)、こんな美しいものに出会えるとは夢にも思わなかった。また気が付くと前の席の若いお嬢さんが涙をこぼしている。ジーパン姿の青年、ネクタイ姿の会社員風まで涙を拭いている。」
また白州さんは次のようにもいう。
「能を難解なものにしたのはインテリが悪いので、世にもありがたい”芸術”に祭あげ、専門家がそれに乗っかって、一種の権威主義を造り上げたのだ」
友枝喜久夫がかくも能に縁遠い若者や外国人に共感を与えるのは、
「ひたすら己を虚しうして稽古に打ち込んでいるいるからで、もはや芸というよりも魂の問題である」
としめくくった。

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