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2010年9月 2日 (木)

西行と芭蕉をつなぐ“能”。第七回

芭蕉の句は「禅的」であると評価されています。芭蕉と禅の関係は、いつうまれたのでしょうか。以下、山崎藤吉著 「芭蕉全傳」より、深川に仮住まいしていた禅師、仏頂和尚と芭蕉の邂逅をたどります。


仏頂は常陸白鳥村藤沢の人、延宝二年根本寺に入院し、同八年隠居し、同寺内の別院に起居した、訴訟落着の前の年即ち天和元年に、訴訟の所用で江戸へ来て、深川の臨川庵に停錫した、芭蕉庵と臨川庵とは、僅に小名木川の細流を隔てて隣接して居た所から互いに相知って、朝夕往来して、終に師資の礼を執ったのだといふ、是は仏頂が隠居後のことである、現在根本寺に仏頂の画像がある、それに貞享五年正月二十日附の自賛がある所から見ると、貞享五年までは根本寺の別院に居たことが分る。

芭蕉が参禅した時日は分らないが、参禅した時の仏頂和尚の詩偈(げ)が「芭蕉門古人真蹟」に載って居る。

    竹窓夜静鎖春霖  漸幽吟屈老襟
    灯尽香消高枕臥  却知詩泊(酒)両魔侵

同じ時、引導の僧直愚上人の詩偈。

    繋船蘆萩間    蓬底睡眠閑
    林葉逐風到    良疑雨出山

是によって見れば、仏頂に参禅したことは疑ひないことであらう。


さて、このように仏頂和尚の薫陶を受け、芭蕉はいちだんと句境を深めました。「古池や」の句もそこから生まれたといいます。後年『奥の細道』にも禅的な句境をはしばしに見ることができます。


炎天の梅花、ここに香るがごとし
「奥の細道」羽黒

『禅林句集』(坤巻)の中の「雪裏芭蕉摩詰画。炎天梅蘂簡斎詩」による。「雪裏芭蕉摩詰画」、雪の中の芭蕉の株は摩詰(唐代の詩人・画家)が描いたもの、「炎天梅蘂簡斎詩」、炎天の梅花は簡斎(宋代の詩人)が詩で詠んだものといった意味である。「雪裏芭蕉」と「炎天梅蘂(花)」は、いずれも現実には見られないもの。ところが、禅宗ではこれを鍛錬によって心眼で見えるものとし、一般には珍しいものの例えとされている。

『奥の細道 曾良旅日記 奥細道菅菰抄 全現代語訳』能文社2008

http://bit.ly/cnNRhWP1010047_3

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