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2010年9月28日 (火)

能の伝説と物語「西行」第三回

『西行物語』や能の原話となった、多くの逸話があります。いくつかを以下にご紹介しましょう。


■愛娘を蹴落とす

出家の際に衣の裾に取りついて泣く子(四歳)を縁から蹴落として家を捨てたという逸話が残る。


■西行戻し伝説

各地に「西行戻し」と呼ばれる逸話が伝えられている。共通して、現地の童子にやりこめられ恥ずかしくなって来た道を戻っていく、というものである。

・松島「西行戻しの松」

西行が松島にて

 月にそふ桂男のかよひ来てすすきはらむは誰が子なるらん

と一首を詠じて悦に酔っていると、山王権現の化身である鎌を持った一人の童子がその歌を聞いて

雨もふり霞もかかり霧も降りてはらむすすきは誰れが子なるらん

と詠んだ。西行は驚いてそなたは何の業をしているのか聞くと「冬萌きて夏枯れ草」を刈って業としていると答えた。西行はその意味が分からなかった。童子は才人が多い霊場松島を訪れると恥をさらすとさとしたので、西行は恐れてこの地を去ったという伝説があり、一帯を西行戻しの松という。西行に関するこのような伝説は各地にあり、古くから語り継がれている。(*桂男=美男。在原業平のこと *業=仕事 *冬萌きて夏枯れ草=麦)

・秩父「西行戻り橋」
・日光「西行戻り石」

ちなみに後世の連歌師宗祇にも同様に「宗祇戻り橋」の伝説がある。

むかし、結城氏 が何代目かに白河を知行したおり、一門衆が寄り集まって、鹿島で連歌興行 を催した。この時、難句あり。三日経っても誰にも付け句できない。旅行中の宗祇が宿でこれを聞き、鹿島へ行こうとすると、四十がらみの女がやってきて、宗祇に
「何用にて、何処方(いずかた)まで」
 と問う。右の由、説明すると、女、
「それは、妾、さきほど付けました」
 と答えて消えた。
月日の下に独りこそすめ
 付句
  かきおくる文のをくには名をとめて

 と、書いてあったので、宗祇は感じ入り、その橋から引き返したと伝える。
『奥の細道 曾良旅日記 奥細道菅菰抄』能文社2008

■源頼朝を鼻であしらう

百芸に通じていた西行は、鎌倉で源頼朝に弓馬の道のことを尋ねられた。が、一切忘れはてたととそっけなく返答するばかり。 この時頼朝から拝領した純銀の猫を通りすがりの子供に与えたとされている。

■満開の桜の下の大往生

西行は、以下の歌を生前に詠んだ。まさにその歌のとおり、陰暦二月十六日、釈尊涅槃の日に入寂したといわれている。享年73歳。

ねかはくは花のしたにて春しなん そのきさらきのもちつきのころ (山家集)

ねかはくははなのもとにて春しなん そのきさらきの望月の比 (続古今和歌集)

花の下を"した"と読むか"もと"と読むかは出典により異なるのだ。
11550

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