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2010年8月 6日 (金)

万葉集は韓国語で詠まれていた

4 万葉集には「難訓歌」とよばれる歌がある。ようするに、読みが難しい。解
 釈が難しい。つまり、学者にもなんのことか、さっぱりわからない、という歌
 が非常に多いのです。それは、万葉の歌の大半が韓国語、それも古代韓国語で
 詠まれていたからといいます。さて、このとんでもない歴史的・文学的スキャ
 ンダルをすっぱ抜いたミラクル ブックを紹介しましょう。それは…
 
 「もうひとつの万葉集 李寧熙(いよんひ)」文春文庫1991
 
 本作骨子を、カバー裏解説から引用します。
 
 ―万葉集が編まれてからおよそ千二百年。今、韓国語によってまったく異相の
 万葉集が浮かび上がる。これまでに誰にも読み解くことのできなかった謎の難
 訓歌も、韓国語でみごとに完全解読。雄略天皇、額田王、柿本人麻呂、山上憶
 良などの歌に秘められた真の意味とは何か?今こそ文学史が書き改められる―
 
 【原文】雄略天皇の詠んだ代表的な難訓歌である(巻一の一)
 籠もよ み籠持ち ふくしもよ みぶくし持ち
 この岡に 菜摘ます児 家聞かな 名告らさね
 そらみつ 大和の国は おしなべて 我こそ居れ
 しきなべて 我こそいませ 
 我こそば 告らめ 家をも名をも
 
 【従来の解釈】
 籠も 良い籠を持ち ふくしも 良いふくしを持ち
 この岡で 菜をお摘みの娘さんよ 家を聞きたい 名のっておくれ
 〈そらみつ〉この大和は ことごとく わたしがすべている国だ
 すみずみまで わたしがおさめている国だ
 
 【真の意味】古代韓国語による読解
 狛よ 瑞穂の狛たちよ 復旧よ 瑞穂の復旧の者たちよ
 この丘に 私は(先代と)並び立ち
 ここに家を作り 告げて住もうと思う
 さろみつ やまとの国は 押さえおきて 統治者は私一人である
 鎮めねかして 私は自ら位に就く
 私は急ぎ来て 告げる ここに来る 出てくると
 
 狛は狛族、すなわち韓国人の総称。復旧(ふく)は、占領し服属させた領土の
 ことです。
 「菜摘ます児」の韓国語の読みは「なたらそご」。我は並び立つ(先代王と)と
 いう意味になります。この歌の前半は、岡で菜摘む娘への牧歌的な問いかけな
 どではなく、眼前にひれ伏す非占領民に対する、高らかで威圧的な新天皇即位
 宣言だったのです。
  もちろん万葉集すべてが、韓国語で詠まれたわけではなく、日本語ですんな
 り解釈できる歌もある。しかし、時代が古くなるほどに、難訓歌の割合も増え、
 そのほとんどが調べると古代韓国語で詠まれている、と著者は指摘しています。 

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