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2010年8月19日 (木)

西行と芭蕉をつなぐ“能”。第二回

Basho01 ■芭蕉の能(謡曲)嗜好

「謡曲は俳諧の源氏」(俳諧の母)と言われてきた。蕉門筆頭の宝井其角はじめ、蕪村の一番弟子であった几董も「謡は俳諧の源氏也」と『新雑談集』で述べている。芭蕉の句が全時期に渡って謡曲的なものより創意されているということが、加藤楸邨、山本健吉、尾形仂、井本農一ら芭蕉研究家によって確認、提唱されている。
芭蕉の作品には平安、鎌倉期の古典・歌集を直接踏まえたものではなく、謡曲を介しての摂取と見られるものが相当ある。古川久は、「能楽が幕府の式楽に定められると、封建制下の大名諸侯は争って能役者を召し抱へた。藤堂家に出仕していた若い芭蕉・当年の松尾宗房にとって、謡曲は耳からはいったものとしてその曲節ながらに深く影響したものに相違ない。後になって、時には意味よりも音調の上で、謡曲を摂取したかと見られる節があるのも、ここにまづ環境として、謡曲が芭蕉に及ぼした力を考へて置く必要がある」と述べている。芭蕉の謡曲的環境としては、藤堂家出仕時代の環境のみならず、大津の能太夫本間主馬との交わりや宝生家の宝生太夫重友の第三子沾圃が芭蕉門であった事などが知られている。

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