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2010年6月10日 (木)

奥の細道行脚。第四回「仏五左衛門」

【奥の細道】
 三十日、日光山のふもとに泊まる。ここの主が、
「わが名、仏五左衛門と申します。なにごとも正直を旨といたしますゆえ、人もこのように申しますもので。一夜の草枕、打ち解けてお休みなさいますよう」
 という。いかなる仏が、この濁世塵土に現れ出でて、このような桑門の乞食巡礼ごときものをお助けくださるのかと、主のなすことに心をつけて見ていると、ただ無知無分別にして馬鹿正直なるものであった。剛毅木訥は仁に近し、というが、生まれついての清らかなこころ、もっとも尊ぶべきであろう。


【曾良旅日記】
一 四月一日、前夜より小雨降る。辰の上刻、宿を出る。やんでのち、時々小雨となる。終日曇り。午の刻、日光に着。雨上がる。清水寺の書を養源院 へ届ける。大楽院へ使いの僧をつけてくれた。折悪しく大楽院に別客あり。未の下刻まで待って、お宮を拝見することができた。その夜は、日光上鉢石町の五左衛門というものの方に泊まる。一五二四。


【奥細道菅菰抄】
三十日、日光山のふもとに泊まる

日光山は、下野の国河内郡にある。祭神は、事代主の命。開山は、勝道上人である。東都より北へ三十六里。

濁世塵土に現れ出でて

 濁世は、『法華経』・『阿弥陀経』等にいう「五濁悪世」をさす。五濁とは、業濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁のこと。五塵は、眼・耳・鼻・口・心の塵汚をいう。あるいは、色塵・声塵・香塵・味塵・触塵をいうとも。五濁五塵ともに、娑婆世界の嫌悪すべきものすべてをさしている。

このような桑門の

 桑門は、沙門の音便という。沙門は、僧の梵語である。

剛毅朴訥は仁に近し

『論語』に、「剛毅木訥は仁に近し」とある。剛毅は気質のしっかりしたこと。木は樸と通じ、つくろい飾らぬさまをいう。訥は言葉の不調法なことをいい、いずれも律義者の形容である。


一行は室の八島を経由し、4月1日日光のふもとまでたどり着きました。芭蕉の本文ではふもとの五左衛門宿に泊まったのは、3月晦日となっていますが、これは物語構成上の潤色で、月がかわり気分も新たに、翌日4月1日に日光山拝観、としたかったのでしょう。

序章の名文は、平家物語、方丈記の冒頭などと同様、原文で暗記されている方も多いと思います。高校古文で必ず記憶させられるところですね。菅菰抄の解説は非常に役に立ちます。
「仏五左衛門」は、奥の細道前半で、庵主の特にお気に入りのキャラクターです。熊の毛皮のちゃんちゃんこを着ていそうです。人物描写から、宿の土間の間取りから、囲炉裏の具合、表へと続く険しいけもの道のようすまで、生々しく想像できますね。無愛想な主人と師匠を懸命に取りもつ、曾良の人のよさそうな愛想笑いも想い浮かびます。

さて、次回一行は尊い日光東照宮を拝観し、裏見の滝で禅僧たちの初夏を味わい、黒羽へと向かいます。

『奥の細道 曾良旅日記 奥細道菅菰抄 全現代語訳』能文社2008
http://bit.ly/cnNRhW

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