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2010年3月13日 (土)

大きな死人が浜にあがる話

 「今は昔…」ではじまる『今昔物語』。平安末成立、全三十一巻、千数百話収録、わが国最大の説話集といわれています。学校の教科書で芥川龍之介の「羅城門」や「芋粥」読みましたよね。「仏教史観により語られる中世物語」「繊細華美な王朝文学に対する、雄渾な男性的文学の暁鐘」などと評されていますが、実は、これほど興味本位、猟奇的かつ奔放な逸話を集めた庶民感覚の文学は他に類を見ないほどのものなのです。現代で言えば、さだめし女性週刊誌やスポーツ新聞なみか。まず、その見出しだけでも一部ご覧ください。

大力の僧が賊をいじめる話
蛇と力競べをした相撲人の話
碁の名人が女に負かされる話
蛇の婚いだ娘を治療する話
地神に追われた陰陽師の話
朱雀門の倒れるのを当てる話
無学の男がわからぬ歌に怒る話
鷲に赤んぼを取られる話
蕪とまじわって子ができる話
百足と戦う蛇に加勢する話
無人島に住みついた兄妹の話
犬の鼻から蚕の糸が出る話
雨宿りして金持ちになる話
芋粥を食って飽きる話
下女に打ち殺された武士の話
水の精が人の顔を撫でる話
怪しのものが御燈油を盗む話
鬼のため妻を吸い殺される話
寝ている侍を板が圧し殺す話
嫉妬心から妻が箱をあける話
死んだ妻とただの一度逢う話
同じ姿の乳母が二人もいる話
応天門の上で青く光る物の話
産女の出る川を深夜に渡る話
屈強の侍どもが牛車に酔う話
大事な場所で一発鳴らす話
鼻を持ち上げて朝粥を食う話
米断ちの聖人が見破られる話
尼と木伐が山中で舞を舞う話
猫におびえた腹黒い大夫の話
亀に抱きつき唇を食われる話
胡桃酒を飲んで溶けうせる話
盗賊から身の災難を教わる話
羅城門の楼上で死人を見る話
大江山の藪の中で起こった話
丹波の守が胎児の生胆を取る話
新羅の国で虎と鰐とが闘う話
助けられた猿が恩を報じる話
葦を刈る夫にめぐりあう話
信濃の国にあった姨捨山の話
海松と貝によって縁を戻す話
別れた女に逢って命を落とす話
道に迷って酒泉郷を訪ねる話
馬に化身させられた僧の話
死んでも舌が残った僧の話
岩と化した尼さんを見る話
女の執念が凝って蛇となる話
京の町で百鬼夜行にあう話
鬼の唾で姿が見えなくなる話
僧の稚児さんが黄金を生む話
銅の煮湯を飲まされる娘の話
密造した酒の中に蛇がいる話
木の梢に現れ給うた仏の話
まちがって魂が他人にはいる話


 いかがですか?それではその中から一話、ご紹介です。


大きな死人が浜にあがる話

 今は昔のこと、藤原の信通の朝臣と呼ばれた人が、常陸の守としてその任国にあった時に、たまたま、任期の果てる年の四月ごろ、風が物凄く吹いて海が荒れた晩に、某の郡の東西の浜というところに、大きな死人が打ち寄せられた。
 死人の丈の長さは、五丈(註 約15m)あまりもある。砂の中に半分ほど埋まっていたが、役人が馬の背に乗って、向こう側から近寄ったのが、わずかに手にした弓の先だけが、こちら側から見えた。もってその大きさが知れよう。死人は首から上が切れていて、頭はなかった。また、右の手、左の足もなかった。鰐かなんかが食い切ったものであろう。もしも、それが五体満足であったとしたなら、さぞや驚くべきものであったに違いない。また、俯向きに寝ていたから、男であるか女であるかもわからない。けれども、身体の格好や肌つきなどは、女のように見えた。
 国じゅうの人が、ふしぎな死人だというので、見物は引きも切らず、みなみな大騒ぎをした。また、陸奥の国の海道というところにいた、国司の某という人も、とんだ大きな死人が浜にあがったと聞いて、わざわざ使いの者を出して検分させた。砂に埋もれて男女の別もつけがたいが、多分女であろう、と見たのに対し、見物の名僧などの意見は、
「われらの住む世界のうちに、このような巨人の住むところがあるなどとは、仏の御言葉にもありませぬ。もしや阿修羅女(鬼女)などではありませぬかな。肌などもすべすべして、いやどうもそのような気がする」
 などと疑った。
 ところで常陸の守は、
「これはついぞ見ぬ珍事であるから、お上にさよう申し上げずばなるまい」
 と言って、今にも報告を持たせて、使いを京にのぼせようとしたが、下についている者たちは、
「もしも報告がお上に届けば、官使がおくだりのうえ、七面倒くさい調査があるのはきまったこと。そのうえ、官使の一行には、たいそうなもてなしをしなければならず、いっそのこと黙って知らぬ顔をしたほうが、都合がいいのじゃないでしょうか?」
 と口々に言ったので、守もその気になり、報告は取りやめにしてしまった。
 一方、この国に、某といわれる武士があった。この巨人を見て、
「もしもこんな巨人が攻め寄せてきたら、何として防ぐ?いったい矢が立つものかどうか、ためしてみよう」
 と言って、矢を放つと、矢は深くその身体に突き刺さった。これを聞いた人は、
「用心のいいことだ」
 と言ってほめた。
 ところでこの死人は、日がたつにつれて腐ってきたので、あたり十町二十町の間は、人も住めず、逃げ出した。よっぽど臭かったものであろう。
 この話は初め隠してあったが、常陸の守が京にのぼってから、いつのまにか人に知られて、このように語り伝えられたものである。

(巻三十一 第十七話)『今昔物語』福永武彦訳 ちくま文庫

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