« 漢字の祖先は、監獄で生まれた。 | トップページ | 2/1「風姿花伝」「葉隠」講座 »

2010年1月30日 (土)

青い目が見た、不可思議な中世日本人。

 ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイス。1536年、日本へのキリスト教布教

のため西九州、横瀬浦に上陸。うまれてはじめて日本の地を踏みます。以降12

年間に渡り、畿内を中心として布教活動に精力的に従事。日本人の民族性に布

教の手ごたえを感じたフロイスは、徐々にこの国民に親近感を覚え、たくみに

日本語をあやつり、大いなる「日本通」となっていきます。

 地元の武士や民衆と生活をともにし、熱心に布教すると同時に、時の政権保

持者、織田信長、豊臣秀吉らにも積極的に接近。主に布教の保護と許可を得る

ため、数十度にわたって接見、親しく意見を交換し合いました。

 フロイスは本国で、もともと秘書官をつとめ、文才を認められての派遣であ

ったため、この間の知見を膨大な公式文書として政庁に報告しました。後世こ

の貴重な記録をもとに日本で翻訳・出版されたのが、有名な「フロイス日本史

」です。

<a href="http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=30637193">『完訳 フロイス日本史』全十二巻 川崎桃太訳 中央公論社</a>

 信長や秀吉をはじめ、時の武将、毛利元就、黒田官兵衛、小早川隆景、細川

忠興などの言動が、等身大に、生々しく語られるリアリティにより、往年の

NHK大河ドラマ「信長」の原作ともなりました。

 今回のブログでは、これら歴史上の人物ではなく、当時のご

く普通の日本人、民間人がどのような興味でもって、フロイスに見られ、評価、

判断されていたのかをご紹介してみましょう。

宗教観、死生観はもとより、生活習慣、風俗、モラルなどの生活のあらゆるシ

ーンで、思いもよらぬ発見があります。中にはむしろ、現代日本よりは今の西

洋に近いのでは…?と思われるような不可思議な日本人のふるまいもあります。

 以下、フロイスが克明に記述した「日本とヨーロッパの風習の対照」から、

いくつかをピックアップしてみました。

●我々は、挨拶は厳粛な顔で行う。日本人はいつも必ず偽りの微笑で行う。

●ヨーロッパでは言葉において明瞭さが求められ、曖昧さを避ける。日本で

は曖昧なのが一番よい言葉であり、最も重んぜられる。

●我々は、別れる時とか、外から帰ってくると、抱擁するのが慣わしである。

日本人は全くその様なことはしない。むしろその様なことを見ると笑う。

●我々の書物の最後の頁が終わるところから、日本人の書物が始まる。

●我々は、いろいろな音響の音楽を響きがよく快いと思う。日本のはただ単調

に鳴り響くだけで、全くもってぞっとさせられる。

●ヨーロッパの貴人は、夜に寝て昼に楽しむ。日本の貴人は昼に寝て、夜に宴

会や娯楽を行う。

●我々は人を殺すことは恐ろしいことであるが、牛や鶏や犬を殺すことは恐ろ

しくない。日本人は、動物を殺すのを見ると肝を潰す。が、人殺しはありふれ

たことである。

●我々は自殺はきわめて重罪とみなされる。日本人は戦いにおいて、最早力尽

きた時、切腹することを勇敢とみなす。

●我々は食事をするのにひどく音を立てたり、葡萄酒を最後の一滴まで飲み干

すのは卑しいことだとされている。日本人は、そのどちらも立派なこととみな

している。

●我々は招かれた者が招いた者に礼を言う。日本では招いた者が招かれた者に

礼を言う。

●我々は食卓で、客の前でゲップを吐くことは不作法とされる。日本でははな

はだ頻繁にやることで、全然気にしていない。

●我々は食後に歯を清める。ところが日本人は顔を洗う前に歯を磨く。

●我々は、誰かが酩酊するとそれは大いなる恥辱であり不名誉であると考える。

日本ではそれを自慢する。

●我々の死者は顔を上に向けて横たえられる。日本の死者は座らされ、顔を膝の

間にして縛られる。

●我々は死者を埋葬する。日本人は大抵死者を焼く。

●我々はすべての物を手で食べる(この頃のヨーロッパではまだフォークやナイ

フを使っていなかった)。日本人は男女とも、幼児の時から二本の棒で食べる。

●我々は焼いたり煮たりした魚を好む。日本人は生のままで食べることを喜ぶ。

●我々は、甘い物が大好きだが、日本人は塩辛いのを好む。

●我々は食事のはじめと終わりに手を洗う。日本人は食物に手をふれないから、

手を洗う必要がない。

●我々は葡萄酒を冷やす。日本では酒を温めて飲む。

●我々は、自分が飲みたいだけしか飲まないし、他人に強要することもない。

日本ではひどく無理にすすめ合う。そのためある者は吐き、ある者は酔っ払う。

●日本の女性はあまり純潔を重んじない。

●我々は二十歳の男でもほとんど剣を帯びない。日本では十二、三歳の少年も

刀と脇差を帯びる。

●我々の子供は青年になってもまだ使者になれない。日本の子供は十歳でもそれ

を果たす判断と賢明さにおいて五十歳にも見える。

●我々は俗人の教師について読み書きを学ぶ。日本ではすべての子供が僧侶の寺

で学習する。

●我々の子供は、まずはじめに読むことを習い、ついで書くことを学ぶ。日本の

子供はまず書くことからはじめ、その後に読むことを学ぶ。

●我々は息子は親の死にともなって相続する。日本では親が息子に財産を渡すた

めに生前非常に早く引退する。

●我々の女性は顔に化粧品や美顔料が目立つならば、不手際とみなされる。日本

の女性は白粉を塗れば塗るほど美しいとみなす。

●我々は、夫婦の間で財産は共有である。日本では各々が自分の分け前を所有し

ており、時々妻が高利で夫に貸し付けている。

●我々は、妻を離別することはそれが罪悪であることはともかく、最大の不名

誉である。日本では望みのままに幾度でも離別する。そして女性たちは、それ

によって名誉も結婚する資格も失わない。

●我々は、妻は夫の許可なしに家から外出しない。日本の婦人は夫に知らさず

自由に行きたいところに行く。

|

« 漢字の祖先は、監獄で生まれた。 | トップページ | 2/1「風姿花伝」「葉隠」講座 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 青い目が見た、不可思議な中世日本人。:

« 漢字の祖先は、監獄で生まれた。 | トップページ | 2/1「風姿花伝」「葉隠」講座 »