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2009年12月 8日 (火)

謎の日本語、〈博士語〉〈お嬢様語〉とは?

 今回は、小説やマンガ、演劇などでおなじみの架空の日本語=〈役割語〉というものをご紹介しましょう。ナビはこの著作。

『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』金水敏著 岩波書店 2003 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/400006827X/249-0291854-9135550

まずは、本作表紙扉のコピーから。
「『そうじゃ、わしが博士じゃ』としゃべる博士や、『ごめん遊ばせ、よろしくってよ』と言うお嬢様に、実際に会ったことがあるだろうか。現実に存在する・しないにかかわらず、いかにもそれらしく感じてしまう言葉づかい。これを〈役割語〉と名づけよう。誰がいつ作ったのか、なぜみんな知っているのか。そもそも一体何のために、こんな日本語があるのだろう」

 本作では、〈博士語〉〈ヒーロー語〉〈書生ことば〉〈お嬢様語〉などの役割語、その出自と成立、展開を、現実と仮想現実、またはメディアとステレオタイプといった社会学のツールを駆使して解き明かします。
 引用も江戸戯作文学から、明治・大正・昭和期文芸、手塚治虫からエースをねらえ!まで、実に広汎な文献・資料を参照しており、転載のマンガ コマ割りを眺めるだけでも十分楽しめます。
 今回は、論点を逐次追うことはせず、トリビア視点に立っての”おいしいとこドリ”のレポートとしました。


1.〈博士語〉のルーツは、江戸〈老人語〉。

「親じゃと?わしはアトムの親がわりになっとるわい!」
『鉄腕アトム』手塚治虫

 〈博士語〉の祖形は、大正時代の『少年倶楽部』までさかのぼることができるという。しかし、何といっても手塚治虫、御茶の水博士の存在抜きには、このコトバは語れません。さらに、〈博士語〉をさかのぼると、ルーツは〈老人語〉に見つかる、と指摘します。

・〈博士語〉→〈老人語〉の起源は、18世紀後半~19世紀の江戸まで、さかのぼることができる。
・江戸では年輩者の多くは上方風の言葉遣いであった。
・医者・学者は保守的で、古めかしい話し方をした。この話法が誇張され、歌
舞伎・戯作で〈老人語〉に。
・現実の世界では、江戸語が明治の標準語になっていく。かたやヴァーチャルな世界、文芸・演劇作品では伝統的に老人=上方風の話し方がそのまま受け継がれてゆく。


2.ステレオタイプは〈役割語〉を創る社会装置。

 役割語の創出には、社会心理学の概念である「ステレオタイプ」が大きく作用しているといいます。

・ステレオタイプは、1987年『世論』の中で、ジャーナリスト、リップマンにより使い始められた概念。
・人は人を性別・年齢・職業などで分類しがち。その分類に属する人間が共通して持つと信じられている特徴が「ステレオタイプ」である。


3.世界中の〈ヒーロー〉たちは、皆同じ旅をする。

 ドラマの主役は、必ず標準語を話すヒーローでなくてはなりません。読者をスムーズに主役と同一化させ、ストーリーにひきこまなくてはならないからです。〈博士語〉や〈異人語〉(後出)を話す脇役たちは、物語に変化を与え、推進させていく、いわゆる〈トリックスター〉にあたります。
 さて、この主役=ヒーローには世界共通の物語があるという。神話学者、ジョゼフ・キャンベル『千の顔をもつヒーロー』では、各国の神話には共通の構造があることを指摘。これにヒントを得、ハリウッドのヴォーグラーは「ヒーローの旅」と命名し、シナリオライター向けガイドブック『ヒーローの旅』を執筆しました。

「普通の生活をしているヒーローが、ある日異界の使者から、冒険への呼び出しを受ける。ヒーローはいったんこの呼び出しを拒絶するが、老人の助言者に導かれ、励まされ、力を授かり旅立つのである。ヒーローは最初の関門にさしかかり、関門の番人に試練を与えられる。それらの過程で味方と敵が明らかになっていく。敵はヒーローを呪い、苦しめようとする影の部下であったり、影そのものであったりする。トリックスターはいたずらや失敗でヒーローたちを混乱させ、笑わせ、変化の必要性に気付かせる。変容する者はヒーローにとって異性の誘惑者で、ヒーローは彼/彼女の心を読み取ることができず、疑惑に
悩まされる。やがてヒーローは深奥の洞窟へ侵入を試み、苦難を潜りぬけ、宝の剣をつかみとる。ヒーローは帰還の道をたどるが、その途上で死に直面し、そして再生をはたす。その後、神秘の妙薬を携えて帰還するのであった」


4.〈書生ことば〉は、江戸エリートの系譜。

「おや、誰かと思ったら須河か。まだ君は残っていたのか」
「僕はまたあそこの松の木の下へ酔い倒れていたもんだから。前後のことはまるで知らずさ。そりゃあ失敬だったね。ちっとヘルプすればよかった」
『当世書生気質』坪内逍遥

 標準語~男性語の流れから生まれた、明治時代独特の〈書生ことば〉は、江戸〈武家ことば〉を受け継いだ士族層の言葉に強い影響を受けています。この男性版お譲様語は、やがて昭和メディアのヒーロー〈少年語〉へと移り変わってゆくこととなる。さて、〈書生ことば〉の特色とは。

a.ぼく・わがはいを多用。自称はこの二つのみ。
b.きみ、を多用。または人名呼び捨て、くん付けを多用する。
c.命令形、たまえ、べしを使う。
d.あいさつに「失敬」を使う。
e.文中に、漢語、外来語を多用する。

 ちなみに、この「~~たまえ」の歴史。

a.上代より運用された尊敬動詞。平安時代に動詞の連用形につき、尊敬をあらわす補助動詞として発達。
b.尊敬語としては、平安時代の「~らる(られる)」や、中世末の「お~ある」に置き換わってゆき、文語・古風な言い回しの中にのみ残っていった。
c.命令形は江戸武家層の男性語として取り入れられる。→士族により〈書生ことば〉へ。


5.〈お嬢様語〉=〈てよ・だわ言葉〉は、明治の女学校創立により猛繁殖。

「礼儀知らずでけっこうだわ。異性としての男性なんて興味なくてよ」
『有閑倶楽部』一条ゆかり

 少女コミックのブームにより、一世を風靡した〈お嬢様語〉。こっけいなほどばか丁寧な敬語表現と語尾の「~てよ」「~だわ」の多用により、本書では〈てよだわ言葉〉と命名されました。この言葉、実は明治の見識ある人々には、品のない言葉として排斥された歴史があります。その成立を見てみましょう。

・尾崎紅葉によれば、〈てよだわ言葉〉は1879~1880年頃、まず小学校で聞かれるようになったという。その世代の成長とともに、高等女学校、年長の女性の間にも広まったとのこと。
・ちなみに、『女学雑誌』によれば、「か」を伴わない上昇調の疑問文も、この時始まったとか。
・〈てよだわ言葉〉伝播の中心は学校である。
・1882年、初の高等女学校設立。娘を女学校に通わせることが、当時のステイタスに。1885年、ステイタスの頂点として、華族女学校開校。”お嬢様”の誕生である。


6.怪しい外国人の代表、〈あるよ言葉〉の中国人。

「そこの女ここへこい。プリンスの相手するよろしい。おまえプリンスのお目にとまったあるぞ」『三つ目がとおる』手塚治虫

 カタカナでしゃべる白人、なぜか東北弁の黒人など、コミック・小説に登場する、怪しげな日本語を話す代表的な外国人が、文末に「あるよ」を必ずつける中国人です。まず、この〈あるよ言葉〉の特徴を見ましょう。

a.文末述語に直接「ある」または「あるよ」「あるか」等がつく。「あります」も。
b.文末述語動詞に、「よろし(い)」をつけて命令形に。
c.助詞「を」、または「が」がしばしば省略される。

 a.b.の文法は〈ピジン〉と呼ばれる言語の特徴を示します。ピジンとは、貿易港・居留地・植民地などに集まった異言語の話者が、コミュニケーションの必要から創作した混成的な言語。もとの言語の文法が、変形、崩壊、単純化されます。
 黒人には、東北地方の〈いなか言葉〉が割り当てられます。

「おらのはそんなケチなのでねぇ。おめえさんも気がついているべえが」
『黒い偉人』三浦楽堂

 次に、最古の〈あるよ言葉〉辞典をご紹介。
1879年”Exercises in the Yokohama Dialect”Bishop of Homoco.
当時の横浜居留地で話されていたピジンを集めた語学のテキストです。以下、本文の抜粋。

○No,You had better send it up to the Grand Hotel.
 いいえ。グランドホテルに送ったほうがいいですよ。
●Knee jew ban Hotel maro maro your-a-shee.
二十番ホテル マロマロ(不明) ヨロシイ。

○I should like to borrow 500 Yen from you if you have them.
 もしお持ちなら、500円貸していただけませんか。
●Anatta go-hakku lio aloo nallaba watark-koo lack’shee high shacko dekkeloo allooka.
アナタ ゴヒャクリョー アルナラバ ワタクラクシ(私) ハイシャク デキルアルカ。

 そもそも〈あるよ言葉〉の生まれた背景は、日本人にとっての、歴史的な中国権威の失墜が考えられます。

a.古代から近世まで、中国は政治・文化・軍事等あらゆる面でアジアの大国として君臨。日本人は崇敬の念をもって、これをみていた。
b.1840年、アヘン戦争での中国の敗退により、日本人の中国観は大きく変化。
c.1894年日清戦争に勝利。日中の国際的な力関係が逆転。中国・朝鮮半島・台湾へ帝国主義的侵略が勢いづいた。結果、日本人の間で中国をはじめアジア蔑視の風潮が高まった。


7.『役割語の謎』キラ星の引用出典群。

 本書には、以下のような戦前~現在の代表的コミック・文芸作品が出典として引用されています。

1.〈博士語〉〈老人語〉
「鉄腕アトム」「名探偵コナン」「ちびまる子ちゃん」「YAWARA」「羊男のクリスマス」「幽霊男」「人造人間博士」「猿飛佐助」「東海道四谷怪談」「スターウォーズ/帝国の逆襲」「ハリーポッターと賢者の石」

3.標準語=〈ヒーロー語〉
「夕鶴」「浮世風呂」「パーマン」「東海道中膝栗毛」

4.〈書生ことば〉〈少年語〉
「怪人二十面相」「当世書生気質」「我輩は猫である」「源氏物語」「たけくらべ」「美味しんぼ」「巨人の星」「あしたのジョー」「三つ目がとおる」

5.〈お嬢様語〉〈てよ・だわ言葉〉
「エースをねらえ!」「三四郎」「浮雲」「不如帰」「人間失格」「有閑倶楽部」「新・白鳥麗子でございます!」「ベルサイユのばら」

6.〈あるよ言葉〉
「Dr.スランプ」「ロボット三等兵」「風と共に去りぬ」「のらくろ上等兵」


【言の葉庵】メールマガジンより
http://nobunsha.jp/anshu.html#melma

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