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2007年10月25日 (木)

あなたは最近誰かに叱られましたか

なんと!1年5ヶ月ぶりの新規エントリーです。

ところで、最近日本人は人を叱らなくなりましたね。「逆ギレ」などという、珍妙なことばが辞典にのり、他人と関わることを極度に恐れているかのような風潮です。先生は生徒を叱れない。親も実の子供に対して叱らない。

人を叱ることは、なじることでも、怒りをぶちまけることでもありません。愛情です。叱って目を覚ましてほしい。一回り成長してほしい。ぼくは、一ヶ月に一度師に叱られます。この年になって、もう誰にも叱られなくなったので、心からありがたい。叱られるときは、とにかく恥ずかしい。穴があったら入りたい、という気持ち。

いにしえの偉人たちは、ことあるごとに人を叱りつけました。

世阿弥は『風姿花伝』で、未熟な者、名人ぶり、おごり高ぶる者、芸道を忘れた者。ことごとく鉄槌を下します。

武蔵は、剣術を売り物にする武芸者、一流を開くことしか頭にない剣術者、印可状、道場だけを鼻にかけ、人を天秤にかける輩をいちいち指摘し、容赦せずたたきます。

芭蕉は、才能溢れる新門弟が、他門の重要な俳席で脇句をつけられず、宿元に戻ってから生涯で初めてというほどの厳しい譴責を下しました。

利休は、それこそ年から年中、相手が当代一の名人であろうが、百万石の大名であろうが、ささいなことから、大きなことまで、いずれの茶書をみても叱らないことがなかったほど、叱りまくっています。

どの達人も、厳しい叱責の裏に相手を本当に信じ、思いやる真心があります。

これらはいわば、自分と同じ道の人、身内に対するもの。では、赤の他人、たとえば相手が外国人ならどうするか。われわれ日本人の感覚でいえば、見て見ぬふりをするところ。先日ドイツの特急列車の中でのこと。傍若無人に大声で長時間、しかも次から次と携帯でしゃべりまくる人がいました。列車内はむろん携帯禁止。周りはかなり辟易ムード。その人は巨体の中国系黒人のおばさん。ついに斜め前にすわっていた、ドイツ人の若者が声をかける。「列車の中で大声で携帯するものではありませんよ」「…すみません」。実際は、その人以外も結構携帯を使っている人が車内にはいたのだけど、その後は誰もかけないようになりました。

昔、やんちゃな子供たちは近所のおじさんおばさんに叱られたものです。本来、「躾」や「教育」であったはずのものが、今は「近隣トラブル」と呼ばれ、刑事事件にまで展開する。共同体の中での秩序調整装置が働かなくなっているのです。それでも勇気をもって叱ろう…などと無責任なことはいえません。実際危害が及ぶかもしれません。

「叱る」という言葉が日本語から消えつつあります。僕の場合のような、限られた共同体の中だけでこの先「天然記念物」として保存されていくのでしょうか。

絶滅危機指定種の「叱る」に対し、遥か以前にすっかり絶滅してしまった「諫める」について、次回繰言を書きたいと思っています。

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