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2006年5月25日 (木)

心の底から、お茶がおいしい。

ぼくは、お茶が好きです。むろん「茶の湯」「侘び茶」には目下興味が集中しているところですが、今言っているのは、普通に毎日飲む緑茶のことです。

デパ地下産直コーナーで先日買い求めた、熊本の新茶なのですが、これが、ちょっと「生きていてよかった」と思うほど、うまい!熱湯を少しとばしてさまし、濃いめにいれる。一口めが、まるで口の中でとろけるように甘くてお日様の香がする。TVで、ある女優が銘茶の試飲をしたときのコメント「おだしみたい」。まさにそんな感じです。TVのはポット一杯5000円という、とんでもない代物で、ぼくのはたかだか茶葉100g 2500円程度。普通より少しいいもの程度の品物なので比較にはならないかもしれないですけど。

毎朝食にも粉末抹茶でアイスグリーンティーをつくり、飲んでいます。ばちっと眼が覚めて、体中にカテキンがいきわたるのがわかります。ああ、日本人であることを喜びたい…。新茶も飲めず、能も観られない海外には絶対に住む気にはなれませんね。

よい茶を飲む時、舞台の名人芸に涙する時、なぜか「尊い」ということばが脳裏に浮かびます。「ありがたい」というのより、もう一段階上の感情です。

これが日本人のDNAではないのだろうか。英語のrespectとは次元の違う感覚で、今の日本人の中でも、これを感じることのできる人とそうじゃない人がいるような気がします。

それが、よいものを届けてくれた生産者に対するものか、役者に対するものか、はたまたそんな自分をこの世にだしてくれた先祖に対するものなのか、それはわかりませんが、ぼくが仕事をしたり、ものを書いたりする原動力が、この「尊い」という感覚に根ざしているように思えるのです。扇一本の取り扱いにも、細心の敬意をはらって所作する古典芸能の稽古に「尊さ」を再認識しました。ものの「尊さ」がわかれば、むろん人の「尊さ」もわかる。利休の侘び茶の根本精神もこのへんにあるのだろうなあ、とつくづく思いをいたしています。

「たかがお茶一杯」に命一つをぽん、と賭けた桃山の茶人たち。その心を知ろうとする時、「尊さ」というものが、この人たちの心のしっぽにつながっているような気がするのです。

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コメント

しおりさま

今、気がついて愕然としたのですが、コメント返したつもりが、うっかりしていて大変遅くなってしまいました。
猛烈反省。深謝。深謝。
恋?にも「尊い」を感じるのですね。たしかに江戸時代の表現で、憧れの女性を「観音様」「菩薩」などと拝んでいたみたいです。ぼくはどうかな…うーーん…。

お茶でもパンでも果物でも、本当においしいものは、尊いと感じます。まずいと尊くないのかというと、これまたグルメと違うので、びみょーですが…。要は、魂がこもっているかどうかでしょうか。有機栽培のものや、家族や親しい人がつくってくれた食べ物はすべて「尊い」。こんなこといっちゃいけないのかも知れないけど、コンビニ弁当やカップラーメンにはあまり感じないですね。むろん、生産者、つくってくれた人に思いをいたし、ご飯粒ひと粒にも感謝する気持ちはありますし、いまだに出された食べ物は絶対に残せないのではありますが…。
今回なぜか、歯切れの悪さを残しつつ。

投稿: anshu | 2006年6月13日 (火) 20時35分

「尊い」っていう感情、痛切に感じます。なんだろう、絶対に結ばれないけれど衝撃的にある人を愛してしまった気持ちに似ているんです。もう存在自体が有難くて、存在を許している状況がありがたくて。闇雲に拝んでいる自分がいます。人でも服でも恋しちゃいますねえ。私は。

私もお茶一杯、パン一斤、こだわりを持って生きています。そのおいしさや美しさを全部自分のエネルギーにしたいというエゴなんだけど(笑)。お金と時間が許す限り衣食住の全てにこだわって生きるつもりです。そう書くと何だか大げさだけど、買ってきたパンではなくて、いい小麦粉と熟すのを待っていた有機栽培バナナでつくる自家製パンのまろやかな味♪というレベルなんですが(*^_^*)……おいしんです、これが。

ではまた。

投稿: しおり | 2006年6月 6日 (火) 23時29分

>鼻をつまんで食べたり飲んだりすると、どんな高級品でも吉兆の食事でも全然味がしない

ははは!子供の頃、苦い薬を鼻をつまんでのまされましたね。
「五感」でいえば、おいしさを感じるのは、舌(口内)→鼻→目→耳の順でしょうか。
日本人は西洋人とくらべ「目」が上位にくるのでは、とにらんでいますが。
利休の口伝に「口中での茶の味わい方」があるそうですが、
知っている人がいれば、ぜひ聞いて見たいものです。
のむこと、食べること、あじわうことの、うれしさ、しあわせ、尊さをかみしめることができるように「茶」はあるのですね。
お酒は一杯目まで、それらを感じることができるのですが、二杯目、三杯目になると、もう、どうにもいけませんね(苦笑)。

投稿: anshu | 2006年5月28日 (日) 12時16分

美味しいお茶は本当に幸せになりますね。
コーヒーでも紅茶でもジャスミンティでも日本酒でも、きちんとちゃんと作られたものには、きっとそれが作られた”時間”や”手間”や”込められた思い”が存在するのだと思います。
だからこそ味わう時に自然に背筋が伸びる気がするのでしょう。まさに「尊い」。

鼻をつまんで食べたり飲んだりすると、どんな高級品でも吉兆の食事でも全然味がしないのだそうです。味わうってことには、舌だけでなく五感を必要とする。
茶道はきっとそれを一番的確に使う方法論でもあるのでしょうね。

投稿: hijiri | 2006年5月26日 (金) 20時11分

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