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2006年1月 5日 (木)

700年前の日本語

謡を習い、ずいぶんたちますが

その昔、稽古始に必要な道具を先生にお尋ねしたところ

着物はすぐには必要ないが、扇、白足袋、謡本は必須とのこと。

謡本なんていうものがあることすら知らなかったので

興味津々に入手してみると、なにやらお習字のような楷書で

書かれた和綴じの美しい本でした。

開いてみてまず、「達筆風」の筆文字にうへぇ~、

と思ったものの、よく見ると大変読みやすい筆跡で、

しかも「何々で候」という文体になれれば、ほとんどすべて

読めるし、意味も通じる。江戸寛政年間にこの元版ができ、

何度か改版されはしたものの、体裁、書体等は原則それほど大きくは

変更されていないという。それどころか、博物館で世阿弥自筆の謡本を

見る機会があったが、ゴマ(メロディーを表す音符のようなもの)が

少々簡略なだけで、今の謡本とほとんど変わらないのにびっくり。

こうやって考えると、年々激しく変化しているように思える日本語も

根本的には意外に変化の少ないものですね。

能、狂言のセリフも日本人ならほとんど意味が通じます。

能や狂言のように、様式が完成し、固定化した芸能が

あったからこそ、口頭伝承により、よく中世の言語が保存されたのだ、

と言えなくもないと思っています。その他の古典文芸や文献書肆

に比べ謡曲の文句には方言がほとんどありませんし。

日本語そのものが変わらないことにもまして、ぼくが本当に

感動してしまうのは、能のストーリーや舞台での表現方法です。

中世やもっと昔の日本人の感受性や心の動きは、まったく今の

ぼくたちと何も変わらない…。むしろ、より豊かでより密度が高い

ことに驚かされます。特に自然に対する感受性と表現がすごい。

そのまま胸にせまってくるものがありますね。

ギリシャ仮面劇がこの地球から消滅してしまった今、能、狂言を

単にめずらしい時代の遺物として博物館に展示するのではなく、

さらに500年後、1000年後へと日本の言葉と心を伝えて行けたらいいな、

と単純に願っています。

年の変わり目に、変わらないことのすごさ、ありがたさに

ふと思いいたり、書きとどめたくなりました。

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コメント

ビスケットさま
コメントありがとうございます。
言葉は時代、時代で激変しているように見え、
実はあまり変わらないものなのですね。
レコードもテープもMDもない時代の発音や音声が
口伝だけで700年以上残っているのは、凄いことだなあ…
とつくづく思っています。
ぼくも、ビスケットさんのブログ、ちょくちょく
寄らせていただきますね!

投稿: anshu | 2006年1月13日 (金) 23時03分

質問にお答え下さいましてありがとうございます。
音韻についての疑問が晴れました。(嬉しい!)

大変、能の世界にも興味が出ました。分かっているようでも、日本文化について知らないことがたくさんですね。しみじみ・・。

これを機会に、またお邪魔します。<(_ _)>


投稿: ぴすけっと | 2006年1月13日 (金) 11時53分

今晩は!
私のところに書き込みありがとうございました。
音声について一つ質問があります。
言葉がそのまま保存されているとしたら、発音も当時のままですか?例えば「は・ひ・ふ・へ・ほ」の発音は「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」だったり・・。
音声が冷凍保存されてるとしたら、大変興味深いです。
よろしかったら、お返事下さい。
http://puraza.rakuten.co.jp/nihongokenkyu/です。

投稿: ぴすけっと | 2006年1月12日 (木) 23時03分

Hijiriさん
ぼくももずっと日本語にかかわる仕事をしていますが、書かれている文章そのものよりも、行間の方が大事で充実している言語はおそらく日本語だけだと思います。古文の原典なんか読むと、筆者はほとんど意味のあることを何も書かずに、筆を運ぶ呼吸だけで、文字には書ききれない抽象的な「におい」のようなものを伝えています。つくづく、日本語ってすごいな…と年を取れば取るほどわかってきて、いまやまったく手に負えない状態です。こんなことでいいのだろうか…

投稿: anshu | 2006年1月 9日 (月) 22時39分

あれ?消えちゃったのかしら?
ではもう一度。(もしだぶったらお手数ですが消して下さいね)

こちらでは初めまして。
先日は拙宅にご訪問頂いてありがとうございました。

約一年前に狂言にはまった時は、役者さんがなにを言っているのか全然わからなくて笑うタイミングに悩んだものですが(苦笑)、今ではほぼ全部わかりますし、そういう言い回しがつい口をついて出てくることさえあります。
考えてみれば単に慣れていなかっただけで、慣れてみればそんなに難解な言い方をしている訳ではないんですよね。

歳時記やお茶の銘などにも言える事ですが、日本語って行間に空気感があるといいますか季節感のある言葉というか、とても美しい言語だと思います。その文化圏に生まれた自分が最近改めてうれしい気分です。


投稿: hijiri | 2006年1月 9日 (月) 12時14分

こどもが新しいおもちゃを買ってもらったようなものです。
すぐあきて、ほうりだします。
ぼくはこの15年ほど一日も"休肝日"がないので
飲みはいつでもいいですよ!

投稿: 庵主 | 2006年1月 7日 (土) 22時36分

ん~、こんどはブログか。
いきなり手を広げていますね。
HPのほうを見ても、今年は中々いい正月
だったようでなによりですね。
お、そうだ飲みに行きましょ。
正月の酒が抜けてからでいいですから。

投稿: koz-mic | 2006年1月 6日 (金) 22時15分

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